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第58話 重荷を祓いたい
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リン、リン、シャン。鈴が軽やかに音を立てる中、白い狐は大きな姿に膨らんでいく。普段は少女に抱き抱えられるココは、神楽の音で本来の姿を取り戻した。その音の中心が、アオイの笛だった。舞い手としてより、神楽の音を奏でる才能を得た巫女だ。
強い霊力を持つ彼女の音が、舞台の上を神域に高める。シャンシャンと耳に心地よいリズムに誘われたのか、祭壇の奥がもぞりと動いた。数匹の白い動物が顔を覗かせている。神々の化身である彼らや彼女らは、楽しそうに踊るアイリーンに目を輝かせた。
以前の封印の舞いでも同じだ。彼女が舞うと複数の神々が現れる。神に愛される気質を持つアイリーンは、色が変わる紺色の髪を揺らす。髪の間から零れるように金色の粒が飛び、高まった霊力の結晶にじゃれつく神々が飛び出した。
白い兎、白鹿、白蛇、白馬。舞台の上が狭く感じるほど、様々な神々が降臨する。アイリーンはちらりと祭壇を窺った。まだ見えない。白い狗神様を呼ばねば、この舞いを終わらせるわけにいかない。
誘うために歌を添えた。言霊を思いつくまま、音色に乗せる。笛の音が絡むように重なり、笙が全体を調和させる。鼓の音が入り、全体を引き締めた。
幻想的な空間にヒスイは静かに頭を下げる。神々の姿を視る巫女にとって、神々しい妹の舞いは眩しかった。舞いの技術は優れていても、あのような空間を作れるのは妹アイリーンだけだ。誰も敵わない才能を持つ妹を妬ましく思うより、誇らしく感じてきた。
あの子が自由に過ごせる倭国であるために、ヒスイは己の能力を最大限利用する気でいる。その気持ちは、姉アオイも同じだろう。互いに嫌っていても、距離を取って過ごしても、結局は姉妹なのだ。認め合う部分もあった。
己と向き合うヒスイをちらりと視界に入れながら、アオイは不安を覚えた。こんなに高めてしまって、きちんとお帰り頂けるのか。すでに神々が四柱も降臨なされたのに、アイリーンは場を閉じようとしない。さらに誰かを呼ぼうとしていた。
このまま放置して問題ないの? また大きな騒動を引き起こしたら、彼女は今度こそ処分されてしまうかもしれない。ざわりと胸の中が乱れたのを感じたように、神狐ココの尻尾が触れた。宥めるように暗い感情を拭う。
気持ちを立て直し、アオイは笛に集中した。
「狗神、様!」
アイリーンの口が歌をやめ、新たに降臨した神様を呼ぶ。深く頭を下げて敬意を示し、ともに踊ろうと誘いを向ける。狗神は迷いながら近づいた。
『僕がいてもいいの?』
「あなた様のための神楽です」
穏やかに告げるアイリーンへ、狗神は距離を詰めた。一瞬だけぶわっと毛を逆立てたココは、深呼吸して感情を落ち着ける。契約する巫女に危害を加えられないよう、隣に立った。他の神々は遠巻きにして、狗神とアイリーンを見比べる。
「このまま留まってくださいませ」
『どうして』
疑問というより、不安が近いだろうか。低い声になった狗神へ、巫女は笑顔で首をかしげた。
「あなた様の重荷を祓いたいのです」
幸せになってほしい。ご先祖様が契約した頃の狗神様に戻って、今後も倭国を護ってほしい。純粋にそう思い、答えを待った。
強い霊力を持つ彼女の音が、舞台の上を神域に高める。シャンシャンと耳に心地よいリズムに誘われたのか、祭壇の奥がもぞりと動いた。数匹の白い動物が顔を覗かせている。神々の化身である彼らや彼女らは、楽しそうに踊るアイリーンに目を輝かせた。
以前の封印の舞いでも同じだ。彼女が舞うと複数の神々が現れる。神に愛される気質を持つアイリーンは、色が変わる紺色の髪を揺らす。髪の間から零れるように金色の粒が飛び、高まった霊力の結晶にじゃれつく神々が飛び出した。
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幻想的な空間にヒスイは静かに頭を下げる。神々の姿を視る巫女にとって、神々しい妹の舞いは眩しかった。舞いの技術は優れていても、あのような空間を作れるのは妹アイリーンだけだ。誰も敵わない才能を持つ妹を妬ましく思うより、誇らしく感じてきた。
あの子が自由に過ごせる倭国であるために、ヒスイは己の能力を最大限利用する気でいる。その気持ちは、姉アオイも同じだろう。互いに嫌っていても、距離を取って過ごしても、結局は姉妹なのだ。認め合う部分もあった。
己と向き合うヒスイをちらりと視界に入れながら、アオイは不安を覚えた。こんなに高めてしまって、きちんとお帰り頂けるのか。すでに神々が四柱も降臨なされたのに、アイリーンは場を閉じようとしない。さらに誰かを呼ぼうとしていた。
このまま放置して問題ないの? また大きな騒動を引き起こしたら、彼女は今度こそ処分されてしまうかもしれない。ざわりと胸の中が乱れたのを感じたように、神狐ココの尻尾が触れた。宥めるように暗い感情を拭う。
気持ちを立て直し、アオイは笛に集中した。
「狗神、様!」
アイリーンの口が歌をやめ、新たに降臨した神様を呼ぶ。深く頭を下げて敬意を示し、ともに踊ろうと誘いを向ける。狗神は迷いながら近づいた。
『僕がいてもいいの?』
「あなた様のための神楽です」
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「あなた様の重荷を祓いたいのです」
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