50 / 159
第49話 奉納舞いに褒美か罰を
しおりを挟む
奉納舞いは笛や琴の音がなくとも、体に染みついたリズムで踊り出せる。先に進み出たのはアイリーンだった。ふわりと軽い動きで手足を動かす。妹の動きを確かめてから、ヒスイが加わった。舞いの名手の名に違わぬ、見事な合せ方だった。
ひらりひらりと舞う二人に楽の音はないのに、不思議と耳慣れた曲が届いた。見つめるシンの耳に、何度も聞いた音が重なる。
髪や胸元に飾った鈴が、しゃんしゃんと軽やかに鳴る。まるで催眠にかけるように深くなり、ふわりと上昇した。普段の祠で奉納される舞いではない。もっと古い時代に捧げられた舞いで、今はかなり形が変わっていた。
懐かしい舞いは、巫女の間で継承されている。だが、民には珍しい舞いだった。年配の者は「有難い、ありがたい」と手を合わせる。過去の思い出を懐かしんでいるのだろう。
姉にもらった鈴の音に、手にした鈴を合わせていく。しゃん、しゃん……音が完全に重なり、不思議な調和をもたらす。この一瞬だけ、時間の流れが変わった。
ぐるるっ、喉を鳴らす犬の声に、人々が深く頭を下げる。神々の姿を許しなく見れば、バチが当たると信じられていた。目が見えなくなった、一晩で髪がごっそり抜けた、など。様々な逸話が残る。畏れを知る人々は、現れた狗神に敬意を示した。
アイリーンは動きを止めず、そのまま踊る。そっと離れた姉ヒスイは、目を伏せて牛車の近くまで下がった。すでに両手をついて神に平伏する兄の隣で、同じように座った。深く下げた額を、土についた両手の上に当てる。
『メノウなの? それともフヨウ?』
幼子のような声が頭の中で響く。アイリーンはその声に踊りながら返した。
「アイリーンよ。あなた様をお呼びしたのは、私です」
途中までいつもの調子で話しかけ、慌てて言葉を改める。民がいるし、兄や姉も。何より、今は狗神として降臨しているのだ。呼び出しに成功したあとは……どうするんだっけ?
視線を向けた先で、ココがぶわっと本来の姿に戻った。小狐ではなく、牛より大きな姿だ。白い毛皮の神狐は、その額に青い紋様を記していた。巫女と契約した証である。
『罠か』
唸る狗神に対し、狐神はゆっくり首を横に振った。神は嘘を吐かない。故に、不機嫌さを表した狗神は足を止めた。黒い瘴気は抑えられているようで、僅かに滲む程度だ。ようやく最後まで踊ったアイリーンが進みでて、顔を隠して姿勢を低くした。
神々は舞いを奉納されたら、何らかの褒美か罰を与えねばならない。作法を間違えれば侮辱行為として罰を、舞いに満足すれば褒美を。
「狗神様にお願いがございます。神域にて拝顔する栄誉をお与えください」
白蛇様が教えてくれたのはここまで。このあとはどうすればいい? アイリーンは緊張しながら、狗神の反応を待った。
『ああ、フヨウと同じだ。いいよ、神域で……あれ、でも今の僕は?』
道を整えた巫女メノウの先代がフヨウだ。彼女と縁を結んだのが、狗神だったのか。アイリーンは驚きながらも、言葉を選んだ。
「今のあなた様を招聘する権利をお許しいただけますか」
『うん、構わない。君はフヨウに似ているから』
狗神はそう言い残し、姿を消した。圧迫感が消えて、ぺたりと座り込む。アイリーンが見回せば、周囲は誰も同じような状況だった。
ひらりひらりと舞う二人に楽の音はないのに、不思議と耳慣れた曲が届いた。見つめるシンの耳に、何度も聞いた音が重なる。
髪や胸元に飾った鈴が、しゃんしゃんと軽やかに鳴る。まるで催眠にかけるように深くなり、ふわりと上昇した。普段の祠で奉納される舞いではない。もっと古い時代に捧げられた舞いで、今はかなり形が変わっていた。
懐かしい舞いは、巫女の間で継承されている。だが、民には珍しい舞いだった。年配の者は「有難い、ありがたい」と手を合わせる。過去の思い出を懐かしんでいるのだろう。
姉にもらった鈴の音に、手にした鈴を合わせていく。しゃん、しゃん……音が完全に重なり、不思議な調和をもたらす。この一瞬だけ、時間の流れが変わった。
ぐるるっ、喉を鳴らす犬の声に、人々が深く頭を下げる。神々の姿を許しなく見れば、バチが当たると信じられていた。目が見えなくなった、一晩で髪がごっそり抜けた、など。様々な逸話が残る。畏れを知る人々は、現れた狗神に敬意を示した。
アイリーンは動きを止めず、そのまま踊る。そっと離れた姉ヒスイは、目を伏せて牛車の近くまで下がった。すでに両手をついて神に平伏する兄の隣で、同じように座った。深く下げた額を、土についた両手の上に当てる。
『メノウなの? それともフヨウ?』
幼子のような声が頭の中で響く。アイリーンはその声に踊りながら返した。
「アイリーンよ。あなた様をお呼びしたのは、私です」
途中までいつもの調子で話しかけ、慌てて言葉を改める。民がいるし、兄や姉も。何より、今は狗神として降臨しているのだ。呼び出しに成功したあとは……どうするんだっけ?
視線を向けた先で、ココがぶわっと本来の姿に戻った。小狐ではなく、牛より大きな姿だ。白い毛皮の神狐は、その額に青い紋様を記していた。巫女と契約した証である。
『罠か』
唸る狗神に対し、狐神はゆっくり首を横に振った。神は嘘を吐かない。故に、不機嫌さを表した狗神は足を止めた。黒い瘴気は抑えられているようで、僅かに滲む程度だ。ようやく最後まで踊ったアイリーンが進みでて、顔を隠して姿勢を低くした。
神々は舞いを奉納されたら、何らかの褒美か罰を与えねばならない。作法を間違えれば侮辱行為として罰を、舞いに満足すれば褒美を。
「狗神様にお願いがございます。神域にて拝顔する栄誉をお与えください」
白蛇様が教えてくれたのはここまで。このあとはどうすればいい? アイリーンは緊張しながら、狗神の反応を待った。
『ああ、フヨウと同じだ。いいよ、神域で……あれ、でも今の僕は?』
道を整えた巫女メノウの先代がフヨウだ。彼女と縁を結んだのが、狗神だったのか。アイリーンは驚きながらも、言葉を選んだ。
「今のあなた様を招聘する権利をお許しいただけますか」
『うん、構わない。君はフヨウに似ているから』
狗神はそう言い残し、姿を消した。圧迫感が消えて、ぺたりと座り込む。アイリーンが見回せば、周囲は誰も同じような状況だった。
94
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
指令を受けた末っ子は望外の活躍をしてしまう?
秋野 木星
ファンタジー
隣国の貴族学院へ使命を帯びて留学することになったトティ。入国しようとした船上で拾い物をする。それがトティの人生を大きく変えていく。
※「飯屋の娘は魔法を使いたくない?」のよもやま話のリクエストをよくいただくので、主人公や年代を変えスピンオフの話を書くことにしました。
※ この作品は、小説家になろうからの転記掲載です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる