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第48話 紫陽花の祠の前で
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たくさんのお菓子は園長に預け、少しずつ子ども達に楽しんでもらうことになった。渡すと一日で全部平らげて、他の子の分を欲しがる子もいるらしい。シンとヒスイの「あなたのことよね」の視線を、アイリーンは気付かないフリをした。正直、心当たりはある。
自分の分を食べてしまい、強請って分けてもらった。ここにいないアオイにもかなり迷惑をかけている。それでも愛される末っ子は、また同じことをするのだろう。
お菓子を食べ過ぎて食事が入らない子が出ないよう、きちんと調整してくれる。大人に見守られ、子ども達は様々なことを学んだ。この制度のお陰で、飢えて盗みを働く孤児がいないのはいいことだ。
「またね」
牛車の後ろから身を乗り出し、思いっきり手を振って別れを惜しむ。子ども達は途中まで付いてきたが、さすがに年長の子が号令をかけて止めた。名残惜しいと全身で示す子ども達が見えなくなる頃、アイリーンはようやく牛車の簾を下ろした。
「リンの人から愛される才能は見事だね」
シンがくすくす笑う横で、ぷんと拗ねた白狐が尻尾を叩きつけた。
『僕はいろいろ不満だけどね。子どもなんてすぐ悪さをする』
昔のアイリーンも同じだったのに、忘れたようにココはぶつぶつと文句を並べた。自慢の尻尾に触れるだけならともかく、毛を引っ張られたのが不満で。神様なのに、幼子のように我慢が利かない。
「聞いた場所へ向かうよう伝えたけれど」
ヒスイの優しい声に頷く。のそのそとココが移動した。アイリーンの膝に乗り上げて、べたりと全身を伸ばす。撫でろと要求するココの仕草に、兄や姉は笑みを浮かべた。人だけでなく、神や妖にさえ好かれる。時に心配になるほどに。
「ありがとう、ヒスイ姉様」
向かう先は街の一角にある小さな祠だ。巫女になった時、祠や神々に繋がる聖域はすべて覚えた。禁足地と同じくらい、祠の位置は重要だ。妖退治で働くアイリーンにとって、緊急時の逃げ場や霊力の補給場所になる。
祠の扉を開けば、必ずお札が飾られていた。そのお札が、祀られた神々と繋がる途を作ってくれる。信仰深い倭国では、すべての祠にお供えやお祈りの人が訪れた。皇家の援助もあり、国としてしっかり管理してきた。祠が崩れる前に補修し、場合によっては建て直す。
この祠は数年前に建て直したばかりだった。到着した祠は、大人三人で抱き抱えることが出来るほど。大きくないが神様のお札を祀るには十分だった。周囲に紫陽花が植えられている。
「紫陽花の祠ね」
「ええ、ここで狗神様を呼ぶよう教えてもらったの」
誰に……を省いたが、神々のどなたかだろうと姉は流した。兄シンも「リンだから」と納得している。牛車の中で手早く着替え、アイリーンは白い足袋で降り立った。草履は不要だ。姉ヒスイも略装ながら裾や袖に紐を掛けて、体裁を整えた。先ほどの買い物で用意したのだろう。
作法に従い、アイリーンは丁寧に敬意を示す。普段から人の多い祠にお参りしていた民は、巫女の登場に頬を緩めた。突然の奉納舞いであれ、神々への感謝を伝える絶好の機会だ。さっと正面を空けた民は、厳かな雰囲気を感じて膝を突き頭を下げた。
自分の分を食べてしまい、強請って分けてもらった。ここにいないアオイにもかなり迷惑をかけている。それでも愛される末っ子は、また同じことをするのだろう。
お菓子を食べ過ぎて食事が入らない子が出ないよう、きちんと調整してくれる。大人に見守られ、子ども達は様々なことを学んだ。この制度のお陰で、飢えて盗みを働く孤児がいないのはいいことだ。
「またね」
牛車の後ろから身を乗り出し、思いっきり手を振って別れを惜しむ。子ども達は途中まで付いてきたが、さすがに年長の子が号令をかけて止めた。名残惜しいと全身で示す子ども達が見えなくなる頃、アイリーンはようやく牛車の簾を下ろした。
「リンの人から愛される才能は見事だね」
シンがくすくす笑う横で、ぷんと拗ねた白狐が尻尾を叩きつけた。
『僕はいろいろ不満だけどね。子どもなんてすぐ悪さをする』
昔のアイリーンも同じだったのに、忘れたようにココはぶつぶつと文句を並べた。自慢の尻尾に触れるだけならともかく、毛を引っ張られたのが不満で。神様なのに、幼子のように我慢が利かない。
「聞いた場所へ向かうよう伝えたけれど」
ヒスイの優しい声に頷く。のそのそとココが移動した。アイリーンの膝に乗り上げて、べたりと全身を伸ばす。撫でろと要求するココの仕草に、兄や姉は笑みを浮かべた。人だけでなく、神や妖にさえ好かれる。時に心配になるほどに。
「ありがとう、ヒスイ姉様」
向かう先は街の一角にある小さな祠だ。巫女になった時、祠や神々に繋がる聖域はすべて覚えた。禁足地と同じくらい、祠の位置は重要だ。妖退治で働くアイリーンにとって、緊急時の逃げ場や霊力の補給場所になる。
祠の扉を開けば、必ずお札が飾られていた。そのお札が、祀られた神々と繋がる途を作ってくれる。信仰深い倭国では、すべての祠にお供えやお祈りの人が訪れた。皇家の援助もあり、国としてしっかり管理してきた。祠が崩れる前に補修し、場合によっては建て直す。
この祠は数年前に建て直したばかりだった。到着した祠は、大人三人で抱き抱えることが出来るほど。大きくないが神様のお札を祀るには十分だった。周囲に紫陽花が植えられている。
「紫陽花の祠ね」
「ええ、ここで狗神様を呼ぶよう教えてもらったの」
誰に……を省いたが、神々のどなたかだろうと姉は流した。兄シンも「リンだから」と納得している。牛車の中で手早く着替え、アイリーンは白い足袋で降り立った。草履は不要だ。姉ヒスイも略装ながら裾や袖に紐を掛けて、体裁を整えた。先ほどの買い物で用意したのだろう。
作法に従い、アイリーンは丁寧に敬意を示す。普段から人の多い祠にお参りしていた民は、巫女の登場に頬を緩めた。突然の奉納舞いであれ、神々への感謝を伝える絶好の機会だ。さっと正面を空けた民は、厳かな雰囲気を感じて膝を突き頭を下げた。
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