43 / 159
第42話 後悔は常に後からついてくる
しおりを挟む
港に着いたはいいが、ここからの陸路も過酷だった。ルイは早くも後悔し始めている。リンがいる大陸に留学したことではなく、転移魔法を覚えておかなかったことを。きちんと学んでおけばよかった。
今度やろう、その思いは常に足を引っ張る。使いたいと思った時に使えるよう、能力は磨いておくべきだった。馬ではなく牛が引く車に揺られながら、ルイは何度目かの吐き気を我慢する。
船では我慢できず醜態を晒したが、馬車なら大丈夫。たとえ馬が牛になっても、さほど違わないはず。そう思ったのに揺れる。石畳の街道が多いフルール大陸と違い、東開大陸はじゃり道ばかりだ。
「我慢なさってくださいよ。もうすぐ大通りに出ますから」
御者はのんびりと左右に揺れながら、声をかけた。車の中以上に揺れる場所で、平然としていた。あれが慣れか。大通りとやらに出たら、楽になるはず。外聞憚らず嘔吐する学友二人に顔を引き攣らせながら、なんとか堪えた。
「休憩……を」
とうとう我慢できずに申し出た側近に、申し訳ないが感謝する。牛車が止まり、御者が御簾を上げた。扉ではなく、簾を下げるデザインは、倭国独自の文化だと学んだ。乗って感動する間もなく、全員で車酔いに襲われたので、転がるように外へ飛び出した。
「おやおや、ごゆっくり」
老人はほっほっほと笑い、道端の石に腰掛けた。あの様子では、乗せた客が酔うのは日常茶飯事のようだ。いつもの癖で、魔法を使い水を作ろうとする。冷たい水で顔を洗ったら、さっぱりすると思ったのだが。
水を汲む形に整えた両手は、ほんのりと濡れただけ。いつもなら溢れるほど生まれる水は、まったく出てこなかった。通常の倍近い魔力を使っても、顔を洗うのに足りない。ルイは驚いて固まった。
「水なら、そこに小川があるはずじゃ」
御者の老人はひょいひょいと坂道を進み、彼らを手招きした。追いかけると、細い川だが綺麗な水が流れている。吐いた学友二人が大喜びで口をすすぎ、水をがぶ飲みした。
「飲みすぎると吐くぞ」
ルイの注意に、老人は少し先の杉の大木を指差した。
「あの木より先は平らな道じゃ。それほど心配いりませぬ」
「あ、ああ。ありがとう」
言葉を信じて、ルイも水を飲む。すっと染み渡るようだった。と同時に、何かが変化するのを感じる。下腹部に熱が集まるような、奇妙な感覚だった。宥めるように摩る間に、その熱は散ってしまう。
「さて、急がなければ。夜までに街に着かなくては」
御者はそう呟き、目を細める。見上げた空はまだ明るく、日暮れには遠かった。夜は妖が出る。そう告げる彼の声は、どこか暗かった。
急かされる形で再び牛車に乗る三人は、思いつきで御簾を上げたまま座る。進行方向に背を向け、縁から足を出して腰掛けた。揺れるたびに「落ちそう」と騒ぎながら、互いに支え合って進む。
杉の大木は見た目より遠く、並んだ途端に揺れがぴたりと収まった。足を揺らして座るルイは、平らに舗装された道に驚く。石畳と違い、凹凸がない。その技術力の高さに感動しながら、三人は速度を速めた牛車を堪能した。
今度やろう、その思いは常に足を引っ張る。使いたいと思った時に使えるよう、能力は磨いておくべきだった。馬ではなく牛が引く車に揺られながら、ルイは何度目かの吐き気を我慢する。
船では我慢できず醜態を晒したが、馬車なら大丈夫。たとえ馬が牛になっても、さほど違わないはず。そう思ったのに揺れる。石畳の街道が多いフルール大陸と違い、東開大陸はじゃり道ばかりだ。
「我慢なさってくださいよ。もうすぐ大通りに出ますから」
御者はのんびりと左右に揺れながら、声をかけた。車の中以上に揺れる場所で、平然としていた。あれが慣れか。大通りとやらに出たら、楽になるはず。外聞憚らず嘔吐する学友二人に顔を引き攣らせながら、なんとか堪えた。
「休憩……を」
とうとう我慢できずに申し出た側近に、申し訳ないが感謝する。牛車が止まり、御者が御簾を上げた。扉ではなく、簾を下げるデザインは、倭国独自の文化だと学んだ。乗って感動する間もなく、全員で車酔いに襲われたので、転がるように外へ飛び出した。
「おやおや、ごゆっくり」
老人はほっほっほと笑い、道端の石に腰掛けた。あの様子では、乗せた客が酔うのは日常茶飯事のようだ。いつもの癖で、魔法を使い水を作ろうとする。冷たい水で顔を洗ったら、さっぱりすると思ったのだが。
水を汲む形に整えた両手は、ほんのりと濡れただけ。いつもなら溢れるほど生まれる水は、まったく出てこなかった。通常の倍近い魔力を使っても、顔を洗うのに足りない。ルイは驚いて固まった。
「水なら、そこに小川があるはずじゃ」
御者の老人はひょいひょいと坂道を進み、彼らを手招きした。追いかけると、細い川だが綺麗な水が流れている。吐いた学友二人が大喜びで口をすすぎ、水をがぶ飲みした。
「飲みすぎると吐くぞ」
ルイの注意に、老人は少し先の杉の大木を指差した。
「あの木より先は平らな道じゃ。それほど心配いりませぬ」
「あ、ああ。ありがとう」
言葉を信じて、ルイも水を飲む。すっと染み渡るようだった。と同時に、何かが変化するのを感じる。下腹部に熱が集まるような、奇妙な感覚だった。宥めるように摩る間に、その熱は散ってしまう。
「さて、急がなければ。夜までに街に着かなくては」
御者はそう呟き、目を細める。見上げた空はまだ明るく、日暮れには遠かった。夜は妖が出る。そう告げる彼の声は、どこか暗かった。
急かされる形で再び牛車に乗る三人は、思いつきで御簾を上げたまま座る。進行方向に背を向け、縁から足を出して腰掛けた。揺れるたびに「落ちそう」と騒ぎながら、互いに支え合って進む。
杉の大木は見た目より遠く、並んだ途端に揺れがぴたりと収まった。足を揺らして座るルイは、平らに舗装された道に驚く。石畳と違い、凹凸がない。その技術力の高さに感動しながら、三人は速度を速めた牛車を堪能した。
42
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる