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第42話 後悔は常に後からついてくる
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港に着いたはいいが、ここからの陸路も過酷だった。ルイは早くも後悔し始めている。リンがいる大陸に留学したことではなく、転移魔法を覚えておかなかったことを。きちんと学んでおけばよかった。
今度やろう、その思いは常に足を引っ張る。使いたいと思った時に使えるよう、能力は磨いておくべきだった。馬ではなく牛が引く車に揺られながら、ルイは何度目かの吐き気を我慢する。
船では我慢できず醜態を晒したが、馬車なら大丈夫。たとえ馬が牛になっても、さほど違わないはず。そう思ったのに揺れる。石畳の街道が多いフルール大陸と違い、東開大陸はじゃり道ばかりだ。
「我慢なさってくださいよ。もうすぐ大通りに出ますから」
御者はのんびりと左右に揺れながら、声をかけた。車の中以上に揺れる場所で、平然としていた。あれが慣れか。大通りとやらに出たら、楽になるはず。外聞憚らず嘔吐する学友二人に顔を引き攣らせながら、なんとか堪えた。
「休憩……を」
とうとう我慢できずに申し出た側近に、申し訳ないが感謝する。牛車が止まり、御者が御簾を上げた。扉ではなく、簾を下げるデザインは、倭国独自の文化だと学んだ。乗って感動する間もなく、全員で車酔いに襲われたので、転がるように外へ飛び出した。
「おやおや、ごゆっくり」
老人はほっほっほと笑い、道端の石に腰掛けた。あの様子では、乗せた客が酔うのは日常茶飯事のようだ。いつもの癖で、魔法を使い水を作ろうとする。冷たい水で顔を洗ったら、さっぱりすると思ったのだが。
水を汲む形に整えた両手は、ほんのりと濡れただけ。いつもなら溢れるほど生まれる水は、まったく出てこなかった。通常の倍近い魔力を使っても、顔を洗うのに足りない。ルイは驚いて固まった。
「水なら、そこに小川があるはずじゃ」
御者の老人はひょいひょいと坂道を進み、彼らを手招きした。追いかけると、細い川だが綺麗な水が流れている。吐いた学友二人が大喜びで口をすすぎ、水をがぶ飲みした。
「飲みすぎると吐くぞ」
ルイの注意に、老人は少し先の杉の大木を指差した。
「あの木より先は平らな道じゃ。それほど心配いりませぬ」
「あ、ああ。ありがとう」
言葉を信じて、ルイも水を飲む。すっと染み渡るようだった。と同時に、何かが変化するのを感じる。下腹部に熱が集まるような、奇妙な感覚だった。宥めるように摩る間に、その熱は散ってしまう。
「さて、急がなければ。夜までに街に着かなくては」
御者はそう呟き、目を細める。見上げた空はまだ明るく、日暮れには遠かった。夜は妖が出る。そう告げる彼の声は、どこか暗かった。
急かされる形で再び牛車に乗る三人は、思いつきで御簾を上げたまま座る。進行方向に背を向け、縁から足を出して腰掛けた。揺れるたびに「落ちそう」と騒ぎながら、互いに支え合って進む。
杉の大木は見た目より遠く、並んだ途端に揺れがぴたりと収まった。足を揺らして座るルイは、平らに舗装された道に驚く。石畳と違い、凹凸がない。その技術力の高さに感動しながら、三人は速度を速めた牛車を堪能した。
今度やろう、その思いは常に足を引っ張る。使いたいと思った時に使えるよう、能力は磨いておくべきだった。馬ではなく牛が引く車に揺られながら、ルイは何度目かの吐き気を我慢する。
船では我慢できず醜態を晒したが、馬車なら大丈夫。たとえ馬が牛になっても、さほど違わないはず。そう思ったのに揺れる。石畳の街道が多いフルール大陸と違い、東開大陸はじゃり道ばかりだ。
「我慢なさってくださいよ。もうすぐ大通りに出ますから」
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「休憩……を」
とうとう我慢できずに申し出た側近に、申し訳ないが感謝する。牛車が止まり、御者が御簾を上げた。扉ではなく、簾を下げるデザインは、倭国独自の文化だと学んだ。乗って感動する間もなく、全員で車酔いに襲われたので、転がるように外へ飛び出した。
「おやおや、ごゆっくり」
老人はほっほっほと笑い、道端の石に腰掛けた。あの様子では、乗せた客が酔うのは日常茶飯事のようだ。いつもの癖で、魔法を使い水を作ろうとする。冷たい水で顔を洗ったら、さっぱりすると思ったのだが。
水を汲む形に整えた両手は、ほんのりと濡れただけ。いつもなら溢れるほど生まれる水は、まったく出てこなかった。通常の倍近い魔力を使っても、顔を洗うのに足りない。ルイは驚いて固まった。
「水なら、そこに小川があるはずじゃ」
御者の老人はひょいひょいと坂道を進み、彼らを手招きした。追いかけると、細い川だが綺麗な水が流れている。吐いた学友二人が大喜びで口をすすぎ、水をがぶ飲みした。
「飲みすぎると吐くぞ」
ルイの注意に、老人は少し先の杉の大木を指差した。
「あの木より先は平らな道じゃ。それほど心配いりませぬ」
「あ、ああ。ありがとう」
言葉を信じて、ルイも水を飲む。すっと染み渡るようだった。と同時に、何かが変化するのを感じる。下腹部に熱が集まるような、奇妙な感覚だった。宥めるように摩る間に、その熱は散ってしまう。
「さて、急がなければ。夜までに街に着かなくては」
御者はそう呟き、目を細める。見上げた空はまだ明るく、日暮れには遠かった。夜は妖が出る。そう告げる彼の声は、どこか暗かった。
急かされる形で再び牛車に乗る三人は、思いつきで御簾を上げたまま座る。進行方向に背を向け、縁から足を出して腰掛けた。揺れるたびに「落ちそう」と騒ぎながら、互いに支え合って進む。
杉の大木は見た目より遠く、並んだ途端に揺れがぴたりと収まった。足を揺らして座るルイは、平らに舗装された道に驚く。石畳と違い、凹凸がない。その技術力の高さに感動しながら、三人は速度を速めた牛車を堪能した。
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