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第36話 頑なに拒んだ「父上」
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留学の許可は突然おりた。東開大陸側は受け入れを表明しているが、父王が難色を示していたのだ。東開大陸は複数の国家が存在する。帝や巫女の権威がある倭国以外の国々は、常に大陸の覇権を求めていた。大陸統一が終わったフルール大陸と違い、いつ戦争状態に陥ってもおかしくない。
巻き込まれた時どうするか。万が一にも害されたら? そんな不安がつきまとう地へ、息子を送りたいと思う父はいない。どうしたって心配が先に立った。ビュシェルベルジェール王家の権威が及ばない土地へ、我が子を送る覚悟を決めさせたのは、長子の一言だった。
「父上、ルイを信じましょう」
かたくなに「父」と呼ばず「陛下」の呼称を崩さなかった。王太子であるにも関わらず、次男ルイを押す貴族に軽んじられる。側妃アリアンヌの子、その生まれをもって否定された。だが隣国の侯爵家から嫁いだアリアンヌ妃と、正妃ブリジットはとても仲がいい。
幼い頃から一緒に育ったからこそ、二人の王子は仲違いしなかった。勤勉で真面目な兄を立てる弟はいつしか病弱を装い、王位継承に相応しくないと喧伝し始める。そこまでして自分を守る弟に、兄アンリは報いたいと思ってきた。
やっとチャンスが来たのだ。ずっと封じてきた父への呼び名を利用し、説得にかかる。
「だが……」
「あの子は優秀です。戦っても生き残れるだけの加護もある。ドラゴンの力を強く受け継ぐ、自慢の弟ですよ。信じて好きにさせてやりたいと思います、父上」
ダメ押しでもう一度呼べば、父は「ぐぅ」と奇妙な声で唸った。右手で顔を覆い、しばらく苦悩していたが……。
「わかった。アンリがそこまで認めるなら、わしの心配はルイの成長の妨げになるだろう」
譲ると告げた父の言葉に、アンリはぐっと拳を握った。義母も母も優しく、私は愛されている。父の不器用な愛も感じていた。なのに家族を信じたくなかったのは、自分の方だ。正当な血筋を誇ればいいのに、私を立てて後ろに下がる弟に引け目を感じた。
勉学も剣術も、優れた才能を持つのにあっさりと捨てる。兄の即位の邪魔になるからと、表に立つことをやめてしまった。すべて、自分の能力が足りないからだ。周囲を黙らせるだけの才能があれば、弟ルイは自由に過ごせたはず。
彼の望む留学を手伝おうと考えたのは、この思いがあるから。自由に羽ばたく翼をもつ小鳥を狭い檻に閉じ込めた詫びに、望む空へ放ってやろうと決めた。
「あの子なら自分で道を切り開けます。私の弟であり、父上の息子なのですから」
「ああ、ああ……そうだな」
涙ぐんだ父の相槌に、凍っていた心が溶けていく。この人はずっと待っていた。愚かな私が閉ざした心を開くまで、無理を言わずに手を差し伸べ続けたのだ。愛される事実に背を向けた愚息を、それでも見守り続けた。
私が信じると告げたなら、その気持ちを肯定する。不自由を強いたルイを解き放ちたいと口にするまで、義母や母も我慢してくれたのだろう。すっと、乾いた大地に雨が沁み込むように。心が解放されて、他人の気遣いが染みる。
目の奥から溢れる感情を誤魔化すように、せわしなく瞬きした。すでに泣いた父の肩を優しく撫でながら、アンリは窓の外へ目を向ける。
お前の鳥籠の扉は開けた。自由に羽ばたき、また顔を見せてくれ。兄として出来る、最初で最後の罪滅ぼしだ。成し遂げた達成感に包まれながら、小さくなった父の肩をぽんと叩いた。
巻き込まれた時どうするか。万が一にも害されたら? そんな不安がつきまとう地へ、息子を送りたいと思う父はいない。どうしたって心配が先に立った。ビュシェルベルジェール王家の権威が及ばない土地へ、我が子を送る覚悟を決めさせたのは、長子の一言だった。
「父上、ルイを信じましょう」
かたくなに「父」と呼ばず「陛下」の呼称を崩さなかった。王太子であるにも関わらず、次男ルイを押す貴族に軽んじられる。側妃アリアンヌの子、その生まれをもって否定された。だが隣国の侯爵家から嫁いだアリアンヌ妃と、正妃ブリジットはとても仲がいい。
幼い頃から一緒に育ったからこそ、二人の王子は仲違いしなかった。勤勉で真面目な兄を立てる弟はいつしか病弱を装い、王位継承に相応しくないと喧伝し始める。そこまでして自分を守る弟に、兄アンリは報いたいと思ってきた。
やっとチャンスが来たのだ。ずっと封じてきた父への呼び名を利用し、説得にかかる。
「だが……」
「あの子は優秀です。戦っても生き残れるだけの加護もある。ドラゴンの力を強く受け継ぐ、自慢の弟ですよ。信じて好きにさせてやりたいと思います、父上」
ダメ押しでもう一度呼べば、父は「ぐぅ」と奇妙な声で唸った。右手で顔を覆い、しばらく苦悩していたが……。
「わかった。アンリがそこまで認めるなら、わしの心配はルイの成長の妨げになるだろう」
譲ると告げた父の言葉に、アンリはぐっと拳を握った。義母も母も優しく、私は愛されている。父の不器用な愛も感じていた。なのに家族を信じたくなかったのは、自分の方だ。正当な血筋を誇ればいいのに、私を立てて後ろに下がる弟に引け目を感じた。
勉学も剣術も、優れた才能を持つのにあっさりと捨てる。兄の即位の邪魔になるからと、表に立つことをやめてしまった。すべて、自分の能力が足りないからだ。周囲を黙らせるだけの才能があれば、弟ルイは自由に過ごせたはず。
彼の望む留学を手伝おうと考えたのは、この思いがあるから。自由に羽ばたく翼をもつ小鳥を狭い檻に閉じ込めた詫びに、望む空へ放ってやろうと決めた。
「あの子なら自分で道を切り開けます。私の弟であり、父上の息子なのですから」
「ああ、ああ……そうだな」
涙ぐんだ父の相槌に、凍っていた心が溶けていく。この人はずっと待っていた。愚かな私が閉ざした心を開くまで、無理を言わずに手を差し伸べ続けたのだ。愛される事実に背を向けた愚息を、それでも見守り続けた。
私が信じると告げたなら、その気持ちを肯定する。不自由を強いたルイを解き放ちたいと口にするまで、義母や母も我慢してくれたのだろう。すっと、乾いた大地に雨が沁み込むように。心が解放されて、他人の気遣いが染みる。
目の奥から溢れる感情を誤魔化すように、せわしなく瞬きした。すでに泣いた父の肩を優しく撫でながら、アンリは窓の外へ目を向ける。
お前の鳥籠の扉は開けた。自由に羽ばたき、また顔を見せてくれ。兄として出来る、最初で最後の罪滅ぼしだ。成し遂げた達成感に包まれながら、小さくなった父の肩をぽんと叩いた。
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