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第29話 平行線は交わらない
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カラフルな屋根の上を駆ける少女は、夜闇に溶ける色のワンピースを纏っていた。ひざ下スカートの裾を翻して止まり、腰へ手を伸ばす。外から札を引き抜けるよう加工されたポーチから2枚を引き抜き、吐息を吹きかけた。
『紙に神を込めて願う――退けよ』
ふわりと待った式紙が向かう先に、大きな獣がいた。牙を剥いて唸る禍狗は、狼より大型だ。噛まれたらひとたまりもないが、アイリーンに怯えた様子はなかった。肩の狐がぶわりと膨らみ、倍ほどの大きさに戻る。大型犬程度のサイズながら、神の末席にある狐ココは己より大きな禍狗を威嚇した。
鼻に皺を寄せてココが唸り命じる。
『えいっ、爆ぜろ!』
飛ばした霊力が禍狗の体表に触れた瞬間、ばちばちと火花を上げる。毛皮の表面を走り、全身を覆う形で広がった。霊力の網に近い束縛を、ココが維持する。その間にアイリーンの手はさらに追加の式紙を放った。拘束が解かれないように手を打ち、ひとつ深呼吸する。
高ぶった感情で赤が強く出た紫の瞳を見開いた。
『紙に神は宿り、我が願いを聞き届けたもう。我は神狐の祓い巫女なり。威を借り異を狩る、音にて根を絶つ、ひふみよいつむ、ななや、ここのたり……伏して願い奉る。神が鳴る雷を持ちて、蟲毒の禍狗を孤独の檻へ封じたまえ』
最後まで紡いだ言葉の語尾に重なるようにして、雷が禍狗の上に落ちる。舞にて神を降ろした巫女の指先が示す先にある、化け物を撃ち抜いた。ほっとしたアイリーンが肩の力を抜く。後は用意した札を貼った瓶に封じればいい。
全身が痺れるほど霊力を消耗したアイリーンは、ぺたりと赤い屋根の上に座った。元の大きさに戻り歩み寄るココを膝に乗せ、黒焦げになった禍狗を見つめる。動けなくしただけだから、早く封じないとね。アイリーンが立ち上がりかけた時、横やりが入った。
「我が民の仇っ!」
「ダメよ!!」
禍狗を庇う形で間に入る。胸元に隠した短刀を引き出すが間に合わず、柄で受けた。鞘を滑った刃が、アイリーンの髪を一房切り裂く。はらりと舞う髪を見送りながら、アイリーンは目の前に立つ青年を睨みつけた。
「なぜ邪魔をする!」
「私の獲物だわ」
発見してここまで追い詰めたのも、動けない状態まで叩きのめしたのも、私よ。あなたじゃない。アイリーンの主張に舌打ちしたルイは、顔の上半分を覆う仮面の下で眉を顰めた。彼女の言い分は分かるが、見逃す気はない。この化け物は国民を殺し、貪り食った。
「この化け物は、民を殺したのだ!」
必ず息の根を止めて償わせる。それに、こんな危険な生き物を封じることへの不信感もあった。すでに一度逃げ出しているのだ。それによって民に被害が出た。彼女に任せて封じたとして、また逃げ出さない保証はない。睨みつけるルイに、アイリーンは困惑していた。
民が死んだ、それは分かる。仇を討ちたいというなら、身内がいたのかも知れない。それでも……こうして対立してまで殺さなくてはならないの? 封じれば数百年出られなくなるし、問題ないじゃない。
封印に関する知識の差で歩み寄れずにいる2人は、互いに何が足りないのか理解できなかった。
「この化け物は殺す!」
「封印するの! これは私の役目なんだから」
本当は封印も解けてはいけなかった。数百年も巫女が紡いだ封印を不注意で割った。その始末は自分でつけなくてはならない。アイリーンの強い口調に、ルイはぎりりと歯を噛みしめた。平行線――どこまでも交わらない2人に月光が降り注ぐ。
ぐがうぅ!! 禍狗が咆哮を上げ、慌ててアイリーンは札をかざした。声に混ぜた黒い靄を弾くが、札も燃えてしまう。手を離して新しい札を引き抜く。属性付与した剣を抜いたルイも戦闘態勢に入った。
『リン、来るよ!』
叫んだココへ返事をするより早く、禍狗は身を縮めて飛び上がった。
『紙に神を込めて願う――退けよ』
ふわりと待った式紙が向かう先に、大きな獣がいた。牙を剥いて唸る禍狗は、狼より大型だ。噛まれたらひとたまりもないが、アイリーンに怯えた様子はなかった。肩の狐がぶわりと膨らみ、倍ほどの大きさに戻る。大型犬程度のサイズながら、神の末席にある狐ココは己より大きな禍狗を威嚇した。
鼻に皺を寄せてココが唸り命じる。
『えいっ、爆ぜろ!』
飛ばした霊力が禍狗の体表に触れた瞬間、ばちばちと火花を上げる。毛皮の表面を走り、全身を覆う形で広がった。霊力の網に近い束縛を、ココが維持する。その間にアイリーンの手はさらに追加の式紙を放った。拘束が解かれないように手を打ち、ひとつ深呼吸する。
高ぶった感情で赤が強く出た紫の瞳を見開いた。
『紙に神は宿り、我が願いを聞き届けたもう。我は神狐の祓い巫女なり。威を借り異を狩る、音にて根を絶つ、ひふみよいつむ、ななや、ここのたり……伏して願い奉る。神が鳴る雷を持ちて、蟲毒の禍狗を孤独の檻へ封じたまえ』
最後まで紡いだ言葉の語尾に重なるようにして、雷が禍狗の上に落ちる。舞にて神を降ろした巫女の指先が示す先にある、化け物を撃ち抜いた。ほっとしたアイリーンが肩の力を抜く。後は用意した札を貼った瓶に封じればいい。
全身が痺れるほど霊力を消耗したアイリーンは、ぺたりと赤い屋根の上に座った。元の大きさに戻り歩み寄るココを膝に乗せ、黒焦げになった禍狗を見つめる。動けなくしただけだから、早く封じないとね。アイリーンが立ち上がりかけた時、横やりが入った。
「我が民の仇っ!」
「ダメよ!!」
禍狗を庇う形で間に入る。胸元に隠した短刀を引き出すが間に合わず、柄で受けた。鞘を滑った刃が、アイリーンの髪を一房切り裂く。はらりと舞う髪を見送りながら、アイリーンは目の前に立つ青年を睨みつけた。
「なぜ邪魔をする!」
「私の獲物だわ」
発見してここまで追い詰めたのも、動けない状態まで叩きのめしたのも、私よ。あなたじゃない。アイリーンの主張に舌打ちしたルイは、顔の上半分を覆う仮面の下で眉を顰めた。彼女の言い分は分かるが、見逃す気はない。この化け物は国民を殺し、貪り食った。
「この化け物は、民を殺したのだ!」
必ず息の根を止めて償わせる。それに、こんな危険な生き物を封じることへの不信感もあった。すでに一度逃げ出しているのだ。それによって民に被害が出た。彼女に任せて封じたとして、また逃げ出さない保証はない。睨みつけるルイに、アイリーンは困惑していた。
民が死んだ、それは分かる。仇を討ちたいというなら、身内がいたのかも知れない。それでも……こうして対立してまで殺さなくてはならないの? 封じれば数百年出られなくなるし、問題ないじゃない。
封印に関する知識の差で歩み寄れずにいる2人は、互いに何が足りないのか理解できなかった。
「この化け物は殺す!」
「封印するの! これは私の役目なんだから」
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