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第28話 誰が言い出したのかしらね
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まだ早いか。ルイは諦めを含んだ溜め息を吐き、無邪気さを装って兄に頼む。
「膝枕をしてくださいませんか」
「ああ、もちろん。私の可愛い弟の頼みだからね」
鍛えた硬い太腿に頭を乗せ、無防備に首を晒す。いつでも殺していいのだと、その権利を兄アンリに委ねるようにルイは目を閉じた。両手を胸の上に組んで、体の力を抜く。
伸ばされた手が髪に触れる。微妙な緊張感を孕んだ部屋の空気を引き裂くように、叙任式の鐘が鳴るまで……ルイは目を開かなかった。
叙勲取り消しとなった騎士が辞任したり、侯爵が捕まって処罰されたり。目まぐるしく動く周囲をよそに、王族の席に腰掛けた第二王子は俯いたまま。当人はまだ寝足りなくて動かないのだが、貴族達は好意的に解釈した。
自分を襲った侯爵令嬢が修道院へ送られ、護衛騎士が辞任を申し出た。お優しい方だから心を痛めておられるのだろう。そんな誤解が広がっていく。ルイの本心を見抜いているのは、隣の第一王子アンリと母である正妃だけ。
あの子ったらまた眠って。丈夫に産んであげたのに、ぐだぐだとサボってばかりだわ。兄のアンリを見習いなさい。正妃の厳しい視線をさらりと無視し、金髪の第二王子ルイは再びうとうとと眠りの舟を漕ぐ。倒れる前に肩を貸すアンリに微笑み、正妃は諦めの吐息を扇で隠した。
私はルイの教育を誤ったと思っていたけれど、優秀なアンリの方が国王に向いているわね。ならばこれでよかったのだわ。外野の予測と違い、正妃と側妃は仲がいい。国王そっちのけで頻繁にお茶会を開くほど、互いに心を許した親友同士だった。正妃はアンリが後継者であることに納得していた。
少なくともルイを跡取りにするため、何か行動を起こす気はない。血筋だけで長男を押し除ける次男は見苦しい、そう口にする程だった。
「ルイ、具合が悪いのですか?」
心配する母の仮面の下で、さりげなく注意して起きるよう促す。ルイは理解しつつも頷いた。
「はい、出来ましたら部屋に戻りたいのですが」
今回の叙勲はなくなったのでしょう? そう匂わせ、時間がかかるなら部屋でゆっくり眠りたいと申し出た。この叙勲式が終わったら、親友とその息子を交えて4人でお茶を楽しもうと思ったのに。眉をひそめた正妃はすぐに緩めた口元を扇で隠した。
心配する母親の演技を続けながら、下がってもよいと許可を出す。一礼して侍従と下がるルイを見送り、隣で苦笑いするアンリに首を横に振った。
「あの子を見捨てないであげてちょうだい」
「王妃殿下、ルイは私の大切な弟です。ご安心ください」
公的な場で和やかな家族の会話をする正妃と腹違いの第一王子の様子に、貴族達はまた妄想を膨らませる。第一王子に釘を刺したのではないか。我が子に手を出すなと告げたかも知れない。勘違いも甚だしい貴族達のざわめきに、正妃は溜め息を吐いた。
王位継承権をめぐる骨肉の争いだなんて――今時流行らないわ。誰が言い出したのかしらね。
ようやく戻って来られたベッドに潜り、分厚いカーテンで日差しを遮った静かな部屋で目を閉じる。思い浮かべるのはリンと白狐の姿。見たことがない術を使い、狗と呼ばれる化け物に対峙した凛々しくも愛らしい彼女に、今夜も会えるだろうか。
放置したら狗は人を襲う。あれは魔力に中てられ狂った魔物と同じ目をしていた。隣大陸から追いかけてきたのに、彼女は殺すことを止めた。その理由はわからないが、一度話をしたい。
たとえ反対されても、あの化け物は僕が処分する。決意を新たにしながらも、眠気に負けて意識を手放した。兄の膝枕より柔らかい枕なのに、どこか落ち着かない。気づいているくせに、甘えたい自分を押し殺して全身から力を抜いた。
「膝枕をしてくださいませんか」
「ああ、もちろん。私の可愛い弟の頼みだからね」
鍛えた硬い太腿に頭を乗せ、無防備に首を晒す。いつでも殺していいのだと、その権利を兄アンリに委ねるようにルイは目を閉じた。両手を胸の上に組んで、体の力を抜く。
伸ばされた手が髪に触れる。微妙な緊張感を孕んだ部屋の空気を引き裂くように、叙任式の鐘が鳴るまで……ルイは目を開かなかった。
叙勲取り消しとなった騎士が辞任したり、侯爵が捕まって処罰されたり。目まぐるしく動く周囲をよそに、王族の席に腰掛けた第二王子は俯いたまま。当人はまだ寝足りなくて動かないのだが、貴族達は好意的に解釈した。
自分を襲った侯爵令嬢が修道院へ送られ、護衛騎士が辞任を申し出た。お優しい方だから心を痛めておられるのだろう。そんな誤解が広がっていく。ルイの本心を見抜いているのは、隣の第一王子アンリと母である正妃だけ。
あの子ったらまた眠って。丈夫に産んであげたのに、ぐだぐだとサボってばかりだわ。兄のアンリを見習いなさい。正妃の厳しい視線をさらりと無視し、金髪の第二王子ルイは再びうとうとと眠りの舟を漕ぐ。倒れる前に肩を貸すアンリに微笑み、正妃は諦めの吐息を扇で隠した。
私はルイの教育を誤ったと思っていたけれど、優秀なアンリの方が国王に向いているわね。ならばこれでよかったのだわ。外野の予測と違い、正妃と側妃は仲がいい。国王そっちのけで頻繁にお茶会を開くほど、互いに心を許した親友同士だった。正妃はアンリが後継者であることに納得していた。
少なくともルイを跡取りにするため、何か行動を起こす気はない。血筋だけで長男を押し除ける次男は見苦しい、そう口にする程だった。
「ルイ、具合が悪いのですか?」
心配する母の仮面の下で、さりげなく注意して起きるよう促す。ルイは理解しつつも頷いた。
「はい、出来ましたら部屋に戻りたいのですが」
今回の叙勲はなくなったのでしょう? そう匂わせ、時間がかかるなら部屋でゆっくり眠りたいと申し出た。この叙勲式が終わったら、親友とその息子を交えて4人でお茶を楽しもうと思ったのに。眉をひそめた正妃はすぐに緩めた口元を扇で隠した。
心配する母親の演技を続けながら、下がってもよいと許可を出す。一礼して侍従と下がるルイを見送り、隣で苦笑いするアンリに首を横に振った。
「あの子を見捨てないであげてちょうだい」
「王妃殿下、ルイは私の大切な弟です。ご安心ください」
公的な場で和やかな家族の会話をする正妃と腹違いの第一王子の様子に、貴族達はまた妄想を膨らませる。第一王子に釘を刺したのではないか。我が子に手を出すなと告げたかも知れない。勘違いも甚だしい貴族達のざわめきに、正妃は溜め息を吐いた。
王位継承権をめぐる骨肉の争いだなんて――今時流行らないわ。誰が言い出したのかしらね。
ようやく戻って来られたベッドに潜り、分厚いカーテンで日差しを遮った静かな部屋で目を閉じる。思い浮かべるのはリンと白狐の姿。見たことがない術を使い、狗と呼ばれる化け物に対峙した凛々しくも愛らしい彼女に、今夜も会えるだろうか。
放置したら狗は人を襲う。あれは魔力に中てられ狂った魔物と同じ目をしていた。隣大陸から追いかけてきたのに、彼女は殺すことを止めた。その理由はわからないが、一度話をしたい。
たとえ反対されても、あの化け物は僕が処分する。決意を新たにしながらも、眠気に負けて意識を手放した。兄の膝枕より柔らかい枕なのに、どこか落ち着かない。気づいているくせに、甘えたい自分を押し殺して全身から力を抜いた。
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