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第26話 面倒な化け物は人間だ
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「ちっ! またか」
舌打ちして身を起こしたルイは、己の周囲に張り巡らせた結界に触れた無礼者を睨みつける。化け物なら退治すれば済む。だが王家という厄介な家柄に生まれ、彼はよく知っていた。もっとも面倒な化け物は人間なのだ。悲鳴を上げて手を引っ込めたのは、半裸に近い恰好をした女だった。
白く日に焼けていない肌や傷のない指先は、彼女が貴族令嬢なのだと示す。豊かに巻かれた薄茶の髪、豊満な胸元を押さえて緑瞳を潤ませる女性は、ルイより3歳ほど年上に見えた。年下の第二王子を体で篭絡してこいと命じられたのか。たしか、バレーヌ侯爵家にこんな髪色の娘がいたはず。
これがこの国の特権階級の姿なら、完全に腐っている。土台である民は生きていても、柱の貴族が腐れば屋根となる王家が崩れ落ちる日も近いだろう。忌々しいと睨みつけ、ベッド脇に置いた剣を手に取った。
抜く必要はないが、威嚇を形で示すことは重要だった。間違っても襲ったなんて噂が立ったら困る。
親に「第二王子の子種を宿せば、次の王妃はお前だ」とでも吹き込まれたか。ルイは絶対に兄を裏切る気はなく、故に身辺には気をつけていた。有力な貴族家とは距離を置き、付き合いを減らし、病弱を装って引き籠る。
夜中に出歩くのも、王都の治安を心配してのことだ。ゴロツキの処分は衛兵や騎士で構わないが、魔力に惹かれた化け物退治は自分の役目と認識していた。
「今なら見逃してやる、帰れ」
最後通牒だが、彼女はそう感じなかったらしい。ルイを上目遣いで誘いながら、胸を両腕で強調する仕草で甘ったるい声を掛けた。
「お情けを……そうでなければ、私が罰せられてしまいますわ」
ルイの整った顔に怒りが滲む。お前が罰せられるからと、なぜ僕が願いを叶えなくてはならない? そして現状にも苛立ちが募る。病弱な第二王子の私室は、部屋の外に護衛がいるはずだった。これだけ室内で声を上げ、音を立てても飛び込んでこない。つまり買収されたか。
「罰せられる心配を拭ってやろう」
受け入れられたと思い込んだ女が身を寄せたところで、手にした剣を抜いた。銀の刃を彼女の首に押し当てる。
「ひっ」
冷たい金属が触れた肌が粟立つ。ルイは軽く刃を引いた。令嬢の右側の髪がばさりと落ちる。首の位置で切り落とされた髪が散らばった。
「次は首を落とすぞ」
死ねば罰せられる心配をしないだろう? そう滲ませて吐き捨てたルイの拒絶に本気を感じ、はしたない姿の令嬢は廊下へ続く扉へ走った。鍵をかけない扉を開け、外へ飛び出す。そのまま遠ざかる足音を聞きながら、ベッドに剣を突き立てた。
「折角眠れそうだったのに」
誰も様子を見に来ない。やはり見張りの騎士は買収されたか、排除したようだ。溜め息をついて、ルイは枕元のベルを鳴らした。開いたままの扉から響いたベルに侍従が駆け付けるのは、30分後だった。侵入者の報告と騎士の処分、新しい騎士の派遣と手配する間に夜は白々と明けていく。
よほど念入りに周囲を無人にしたらしい。あの令嬢の実家である貴族家が注いだムダ金を、完全に無駄にしたことで留飲を下げた。それ以上動くのは、病弱な王子に相応しくない。
「兄上に面会を申し込んでくれ」
バヌーレ侯爵令嬢の顔を貴族名鑑で確認したルイは、侍従に命じる。たいていは僕の篭絡に失敗すると兄上を襲うからな。先に忠告しておこう。戻ってきた侍従が兄の来訪予定を伝え、ルイは着替えて夜が明けたばかりの自室に兄を迎え入れた。
病弱が演技だと知りつつ付きあってくれる、優しい兄の気遣いに感謝しながら。
舌打ちして身を起こしたルイは、己の周囲に張り巡らせた結界に触れた無礼者を睨みつける。化け物なら退治すれば済む。だが王家という厄介な家柄に生まれ、彼はよく知っていた。もっとも面倒な化け物は人間なのだ。悲鳴を上げて手を引っ込めたのは、半裸に近い恰好をした女だった。
白く日に焼けていない肌や傷のない指先は、彼女が貴族令嬢なのだと示す。豊かに巻かれた薄茶の髪、豊満な胸元を押さえて緑瞳を潤ませる女性は、ルイより3歳ほど年上に見えた。年下の第二王子を体で篭絡してこいと命じられたのか。たしか、バレーヌ侯爵家にこんな髪色の娘がいたはず。
これがこの国の特権階級の姿なら、完全に腐っている。土台である民は生きていても、柱の貴族が腐れば屋根となる王家が崩れ落ちる日も近いだろう。忌々しいと睨みつけ、ベッド脇に置いた剣を手に取った。
抜く必要はないが、威嚇を形で示すことは重要だった。間違っても襲ったなんて噂が立ったら困る。
親に「第二王子の子種を宿せば、次の王妃はお前だ」とでも吹き込まれたか。ルイは絶対に兄を裏切る気はなく、故に身辺には気をつけていた。有力な貴族家とは距離を置き、付き合いを減らし、病弱を装って引き籠る。
夜中に出歩くのも、王都の治安を心配してのことだ。ゴロツキの処分は衛兵や騎士で構わないが、魔力に惹かれた化け物退治は自分の役目と認識していた。
「今なら見逃してやる、帰れ」
最後通牒だが、彼女はそう感じなかったらしい。ルイを上目遣いで誘いながら、胸を両腕で強調する仕草で甘ったるい声を掛けた。
「お情けを……そうでなければ、私が罰せられてしまいますわ」
ルイの整った顔に怒りが滲む。お前が罰せられるからと、なぜ僕が願いを叶えなくてはならない? そして現状にも苛立ちが募る。病弱な第二王子の私室は、部屋の外に護衛がいるはずだった。これだけ室内で声を上げ、音を立てても飛び込んでこない。つまり買収されたか。
「罰せられる心配を拭ってやろう」
受け入れられたと思い込んだ女が身を寄せたところで、手にした剣を抜いた。銀の刃を彼女の首に押し当てる。
「ひっ」
冷たい金属が触れた肌が粟立つ。ルイは軽く刃を引いた。令嬢の右側の髪がばさりと落ちる。首の位置で切り落とされた髪が散らばった。
「次は首を落とすぞ」
死ねば罰せられる心配をしないだろう? そう滲ませて吐き捨てたルイの拒絶に本気を感じ、はしたない姿の令嬢は廊下へ続く扉へ走った。鍵をかけない扉を開け、外へ飛び出す。そのまま遠ざかる足音を聞きながら、ベッドに剣を突き立てた。
「折角眠れそうだったのに」
誰も様子を見に来ない。やはり見張りの騎士は買収されたか、排除したようだ。溜め息をついて、ルイは枕元のベルを鳴らした。開いたままの扉から響いたベルに侍従が駆け付けるのは、30分後だった。侵入者の報告と騎士の処分、新しい騎士の派遣と手配する間に夜は白々と明けていく。
よほど念入りに周囲を無人にしたらしい。あの令嬢の実家である貴族家が注いだムダ金を、完全に無駄にしたことで留飲を下げた。それ以上動くのは、病弱な王子に相応しくない。
「兄上に面会を申し込んでくれ」
バヌーレ侯爵令嬢の顔を貴族名鑑で確認したルイは、侍従に命じる。たいていは僕の篭絡に失敗すると兄上を襲うからな。先に忠告しておこう。戻ってきた侍従が兄の来訪予定を伝え、ルイは着替えて夜が明けたばかりの自室に兄を迎え入れた。
病弱が演技だと知りつつ付きあってくれる、優しい兄の気遣いに感謝しながら。
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