12 / 159
第12話 巫女姫は惰眠を貪る
しおりを挟む
王家の墓所で出会った人の話は内緒よ――そう約束したのに、ココはあっさり私を裏切った。目の前で美味しそうに油揚げを食べる裏切り者は、汚れた口の周りや手をぺろぺろ舐めながら目を逸らす。
アイリーンはキエのお説教を受けている真っ最中だった。よそ見をしたと追加で叱られ、お昼になってようやく解放される。ほぼ徹夜だったのに、朝ご飯抜きで叱られるなんて。ふらふらしながら、自分に甘い兄の元へ向かう。執務室の扉を開くと……部屋の主人は不在だった。
「あ、お兄様は出かけるって言ってたわね」
執務で引っかかった書類を前に唸った後、現地視察をすると言い出したのよ。すっかり忘れてたわ。はぁ、大きな溜め息をついて兄シンの執務室に置かれた長椅子に横たわった。たまに兄が仮眠に使う程度で、来客用ではない。そのため枕と毛布が備えてあった。
くるんと毛布を巻き付け、枕を抱き寄せる。頭の上で丸くなろうとしたココを突いて落とした。
『ぐぎゃっ』
「あんたは床で寝なさいよ、裏切り者!」
『なんだよ、僕だってリンの失態をカバーして徹夜なのに』
ぶつぶつと恨みがましいことを言うくせに、そのまま丸くなる。白い毛玉になった狐を見ながら、アイリーンは大きな欠伸を噛み殺した。もう意識が保てないわ、無理。大きな青紫の瞳を瞼の下に隠し、少女はすやすやと眠りに落ちた。その表情は晴れやかで……。
のそっと起き上がったココが、長椅子に手を掛けて立つ。眠るアイリーンの様子を確認してから、鼻先を彼女の額に押し付けた。霊力の譲渡だ。思ったより消耗している彼女だが、自覚がないのは困りものだった。
まだ君の力は万全じゃないのに。ココの能力や力の大半が封じられているのと同じように、アイリーンの霊力や能力も一部しか使えない。自覚なく限界まで使ってしまうのは、本来持つ大きな器に霊力が満ちていた頃を体が覚えている所為だろう。
幼い頃と同じ感覚で、底までめいっぱい霊力を使い切ってしまうのだ。本来ならまだ器に満ちている筈の霊力を当てにして。自覚すれば落ち着く現象だけど、説明するのも難しい。ならば陰で補うだけの話だった。
『ゆっくりお休み』
あどけない寝顔を見せる主人に声をかけ、ココはするりと長椅子の上に乗った。アイリーンの頭の横、僅かに残ったスペースで器用に丸まる。尻尾に鼻を突っ込み、手足を丸め……最後に耳をぺたりと伏せた。
「おやおや、お姫様が来ていたんだね」
視察から戻ったシンはぐっすり眠る妹に気付いて、音を立てないよう側近達に指示した。眠ると簡単に起きない子だけど、念には念を入れて。僕の部屋で寝てくれるなんて可愛いじゃないか。そう笑う皇太子に、側近達は微笑んで従った。
皇位継承争いがないため、姉や兄とも仲のいい無邪気な末っ子姫。お転婆をして叱られながらも、皇族の祓い巫女としての資質に恵まれていた。周囲に愛され、愛することに慣れたアイリーンは国民の人気も高い。
どんなに優秀であっても、霊力が高くても、この子は皇位を継ぐ資格がない。だから兄弟姉妹の誰からも愛され、警戒されない唯一の姫だった。ただ「愛らしい」「可愛い」と愛でても許される存在だ。
そっと執務机に向かう兄シンが書類の処理を始め、護衛の騎士は入室時に音を立てないよう注意する。何事かと思いながら入室した文官や宰相達は……すやすやと寝息を立てるアイリーンの寝顔に頬を緩めた。
彼女が担う部分を知らずとも、疲れているのは窺える。神々に愛されし巫女姫は、礼儀作法の授業をすっ飛ばし夕方まで惰眠を貪った。
アイリーンはキエのお説教を受けている真っ最中だった。よそ見をしたと追加で叱られ、お昼になってようやく解放される。ほぼ徹夜だったのに、朝ご飯抜きで叱られるなんて。ふらふらしながら、自分に甘い兄の元へ向かう。執務室の扉を開くと……部屋の主人は不在だった。
「あ、お兄様は出かけるって言ってたわね」
執務で引っかかった書類を前に唸った後、現地視察をすると言い出したのよ。すっかり忘れてたわ。はぁ、大きな溜め息をついて兄シンの執務室に置かれた長椅子に横たわった。たまに兄が仮眠に使う程度で、来客用ではない。そのため枕と毛布が備えてあった。
くるんと毛布を巻き付け、枕を抱き寄せる。頭の上で丸くなろうとしたココを突いて落とした。
『ぐぎゃっ』
「あんたは床で寝なさいよ、裏切り者!」
『なんだよ、僕だってリンの失態をカバーして徹夜なのに』
ぶつぶつと恨みがましいことを言うくせに、そのまま丸くなる。白い毛玉になった狐を見ながら、アイリーンは大きな欠伸を噛み殺した。もう意識が保てないわ、無理。大きな青紫の瞳を瞼の下に隠し、少女はすやすやと眠りに落ちた。その表情は晴れやかで……。
のそっと起き上がったココが、長椅子に手を掛けて立つ。眠るアイリーンの様子を確認してから、鼻先を彼女の額に押し付けた。霊力の譲渡だ。思ったより消耗している彼女だが、自覚がないのは困りものだった。
まだ君の力は万全じゃないのに。ココの能力や力の大半が封じられているのと同じように、アイリーンの霊力や能力も一部しか使えない。自覚なく限界まで使ってしまうのは、本来持つ大きな器に霊力が満ちていた頃を体が覚えている所為だろう。
幼い頃と同じ感覚で、底までめいっぱい霊力を使い切ってしまうのだ。本来ならまだ器に満ちている筈の霊力を当てにして。自覚すれば落ち着く現象だけど、説明するのも難しい。ならば陰で補うだけの話だった。
『ゆっくりお休み』
あどけない寝顔を見せる主人に声をかけ、ココはするりと長椅子の上に乗った。アイリーンの頭の横、僅かに残ったスペースで器用に丸まる。尻尾に鼻を突っ込み、手足を丸め……最後に耳をぺたりと伏せた。
「おやおや、お姫様が来ていたんだね」
視察から戻ったシンはぐっすり眠る妹に気付いて、音を立てないよう側近達に指示した。眠ると簡単に起きない子だけど、念には念を入れて。僕の部屋で寝てくれるなんて可愛いじゃないか。そう笑う皇太子に、側近達は微笑んで従った。
皇位継承争いがないため、姉や兄とも仲のいい無邪気な末っ子姫。お転婆をして叱られながらも、皇族の祓い巫女としての資質に恵まれていた。周囲に愛され、愛することに慣れたアイリーンは国民の人気も高い。
どんなに優秀であっても、霊力が高くても、この子は皇位を継ぐ資格がない。だから兄弟姉妹の誰からも愛され、警戒されない唯一の姫だった。ただ「愛らしい」「可愛い」と愛でても許される存在だ。
そっと執務机に向かう兄シンが書類の処理を始め、護衛の騎士は入室時に音を立てないよう注意する。何事かと思いながら入室した文官や宰相達は……すやすやと寝息を立てるアイリーンの寝顔に頬を緩めた。
彼女が担う部分を知らずとも、疲れているのは窺える。神々に愛されし巫女姫は、礼儀作法の授業をすっ飛ばし夕方まで惰眠を貪った。
1
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる