11 / 159
第11話 また会いたい
しおりを挟む
病弱を装ってベッドに潜りながら、ルイは手元の本を開いた。フルール大陸に王家は一つしかない。広大な領地を持つビュシェルベルジェール王家の第二王子である彼は、自分の役割を心得ていた。
ドラゴンの魔力を最も強く受けた王子だから、貴族の期待が凄い。王太子である兄が即位するまで、このまま病弱を通すつもりだった。魔力が多過ぎると、体が蝕まれる。実際によくある症状なので疑われることもなかった。
代々収集された図書室の膨大な棚から、陰陽術に関する書籍を探す。見つけた数少ない本は、カサつく革の表紙だった。乱暴に扱ったらバラけてしまいそうな痛み具合から、相当古い本のようだ。ゆっくり開いて、紙を破らないよう捲った。
ざらつく紙は不思議な手触りで、本の背は糸で縫われている。もしかしたら、東開大陸で作られた書籍だろうか。ドキドキしながら捲った二枚目の文字をじっくり眺め、ルイは溜め息を吐いた。
「だめだ、何が書いてあるか分からない」
見たことのない文字だ。黒い、これはインクか? 顔を近づけると、独特の臭いが鼻をついた。古くなるとインクは色が抜けるが、この本は書いたばかりのような黒々とした色を保っている。読めないまま数枚捲った後、諦めて横になった。
王子としての教養で公用語を話すことはできるが、読み書きまでは履修していない。さらにこの本の古さからして、解読するレベルの達筆だろう。自国の古書も、流暢な流れる筆記体で解読に苦戦したことを思い出した。下手すると、隣大陸の出身者でも読めないかもな。
「手がかりは別方面から探すか」
本をナイトテーブルの上に置く。夜に出歩くので、その分の睡眠を取らなくてはならない。分かっていても、眠りはなかなか訪れなかった。目を閉じて体だけでも休めようと努める。
閉じた瞼の裏に浮かぶのは、鮮やかな一人の少女だった。闇に溶け込む不思議な濃茶の膝丈ドレスを纏い、狐の面で顔を隠す。マスクで口元を覆ったせいでくぐもった声は、彼女がまだ若いことを知らせた。耳に心地よい声だ。叫んだ時の張り上げた声を思い出し、ごろりと寝返りを打った。
闇装束を思わせる色合いなのに、赤や黄色の飾りとフリルをあしらう気遣いは、女の子だからか? まあ、僕も不要な金ボタンがあったりするけど。すごく可愛らしい感じだった。
華奢な手足は真っ白ではない。健康的な象牙色の柔らかそうな肌で、なのに化け物と正面から対峙した。見惚れる強さだ。そういや、あの化け物は何だったのか。彼女は「禍狗」と呼んだけれど。
あの時、混乱して倭国の言葉で話したなら、少女の母国語なのだろう。咄嗟に言葉を合わせて会話を続けた。倭国の響きは彼女によく似合っていた。左右の襟元を合わせる服は、倭国の民族衣装だったっけ。
溜め息をついて、自分を罵る。出会った少女の面影をなよなよと追うのは僕らしくない。そう思うのに、どうしても頭の中から出ていかなかった。
また会えるかな。会えるといい。今夜もあの墓所に行ってみようか。白い狐を連れた少女を脳裏に浮かべたまま、ルイは眠りの中に意識を委ねた。そのせいか、彼女の夢を見ることになったのだけれど。
ドラゴンの魔力を最も強く受けた王子だから、貴族の期待が凄い。王太子である兄が即位するまで、このまま病弱を通すつもりだった。魔力が多過ぎると、体が蝕まれる。実際によくある症状なので疑われることもなかった。
代々収集された図書室の膨大な棚から、陰陽術に関する書籍を探す。見つけた数少ない本は、カサつく革の表紙だった。乱暴に扱ったらバラけてしまいそうな痛み具合から、相当古い本のようだ。ゆっくり開いて、紙を破らないよう捲った。
ざらつく紙は不思議な手触りで、本の背は糸で縫われている。もしかしたら、東開大陸で作られた書籍だろうか。ドキドキしながら捲った二枚目の文字をじっくり眺め、ルイは溜め息を吐いた。
「だめだ、何が書いてあるか分からない」
見たことのない文字だ。黒い、これはインクか? 顔を近づけると、独特の臭いが鼻をついた。古くなるとインクは色が抜けるが、この本は書いたばかりのような黒々とした色を保っている。読めないまま数枚捲った後、諦めて横になった。
王子としての教養で公用語を話すことはできるが、読み書きまでは履修していない。さらにこの本の古さからして、解読するレベルの達筆だろう。自国の古書も、流暢な流れる筆記体で解読に苦戦したことを思い出した。下手すると、隣大陸の出身者でも読めないかもな。
「手がかりは別方面から探すか」
本をナイトテーブルの上に置く。夜に出歩くので、その分の睡眠を取らなくてはならない。分かっていても、眠りはなかなか訪れなかった。目を閉じて体だけでも休めようと努める。
閉じた瞼の裏に浮かぶのは、鮮やかな一人の少女だった。闇に溶け込む不思議な濃茶の膝丈ドレスを纏い、狐の面で顔を隠す。マスクで口元を覆ったせいでくぐもった声は、彼女がまだ若いことを知らせた。耳に心地よい声だ。叫んだ時の張り上げた声を思い出し、ごろりと寝返りを打った。
闇装束を思わせる色合いなのに、赤や黄色の飾りとフリルをあしらう気遣いは、女の子だからか? まあ、僕も不要な金ボタンがあったりするけど。すごく可愛らしい感じだった。
華奢な手足は真っ白ではない。健康的な象牙色の柔らかそうな肌で、なのに化け物と正面から対峙した。見惚れる強さだ。そういや、あの化け物は何だったのか。彼女は「禍狗」と呼んだけれど。
あの時、混乱して倭国の言葉で話したなら、少女の母国語なのだろう。咄嗟に言葉を合わせて会話を続けた。倭国の響きは彼女によく似合っていた。左右の襟元を合わせる服は、倭国の民族衣装だったっけ。
溜め息をついて、自分を罵る。出会った少女の面影をなよなよと追うのは僕らしくない。そう思うのに、どうしても頭の中から出ていかなかった。
また会えるかな。会えるといい。今夜もあの墓所に行ってみようか。白い狐を連れた少女を脳裏に浮かべたまま、ルイは眠りの中に意識を委ねた。そのせいか、彼女の夢を見ることになったのだけれど。
1
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?
朱音ゆうひ
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。
不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。
もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた?
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる