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第8話 嫌だ、この人怖い

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 式神しきがみの気配を辿って侵入したのは、立派な塀と門に囲まれた庭園だった。人の身長の倍ほどもある高い囲いは、上部が槍のように尖っている。侵入者防止の措置だろう。スカートの先を引っ掛けないようにしないとね。

「なんだか、怖いわね。この公園」

 高い木々で視界を遮った敷地内に入ると、何か背筋がぞわりとした。一瞬だけど、禍狗がいるせい? アイリーンは首を傾げる。気温が低いのとも違う、警戒心が引き上げられる感じだ。毛の生え際が逆立つ気がして、無意識に首周りを撫でた。

 式神はこの先にいた。立派な庭園が広がるが、小道が見当たらない。散歩用の庭園ではなさそうだ。奥に立派な建物があった。

 屋敷だと思ったのに、近づくと異様さが目立つ。まず窓がない。正確には窓ガラスがなかった。窓に似せた彫刻がされた壁、扉に見える彫刻の壁、そして石で作った街灯風の突起。何かしら、この建物。アイリーンの脳裏に浮かんだ答えは「墓所」だった。

 墓地とも言うけれど、それならわかるわ。東開大陸にあるチューカ国は、死体を土葬する習慣があった。そのため大きな墓所を作り、その建物内に遺体を安置する。フルール大陸に関しては勉強不足で、まったく分からなかった。自分が知る知識で判断しながら、入口を探す。

 式神の気配は、この内側だった。だが人間は式神や呪いの禍狗と違い、壁をすり抜けることは出来ない。術でするっと抜けられたら、すぐ覚えるんだけどな。その術があっても、悪戯好きの私には教えてもらえないかも。

「ココ、入口探して」

『……上が開いてるよ』

 呆れたと言わんばかりの口調で、小狐が空中で指差す。上が、開いてる? つまり、筒型の建物ってことよね。アイリーンは構造を頭に描き、空中を駆け上がった。先ほどから簡単そうに使うが、この術は陰陽師の中でも数える程の上位者しか扱えない。霊力自体を直接操るため、消耗が激しいのが理由だった。

 東開大陸で陰陽の術を自在に操るのは、もう少数なのだ。徐々に弱る能力はいずれ消滅するかも知れない。そうしたら、誰が呪いを解除して国を護るんだろう。

「えいっ」

 勢いをつけて飛び上がる。最後の段を登って、建物の縁に足を置いた。覗き込んだ下は、普通の屋敷のように中庭があった。確かに中には入れるけど……建物の内側ではないわね。アイリーンはがっかりしながら飛び降りる。

 土はやたらと柔らかかった。お気に入りのブーツが足首近くまで埋まって、大きく肩を落とす。

「やだぁ、汚れるじゃない」

「お手をどうぞ、レディ」

「ありがと……え?」

 素直に手を借りて、柔らかな土から建物の端に逃げたアイリーンが固まる。ぎこちなく顔を上げると、そこには仮面の青年がいた。金髪で……目の色は紺か黒、夜だから昼間はもっと明るく見えるかもしれない。

 誰、この人。ここの住人だとしたら、お墓じゃなかったのね。じゃなくて! 私、不法侵入者じゃない!! 焦って後ろに下がろうとしたアイリーンの手をしっかり握り、青年は首を傾げた。

「また落ちますよ。あの部分はぬかるんでいますから」

「あ、ええ。ありがとう」

 反射的に礼を言ったものの、どうしよう。困惑が前面に出たアイリーンに、上空で小狐が溜め息を吐いた。

『住人に見つかるとか、馬鹿なの?』

「うっ、反論できない」

 思わずいつもの癖でココの悪態に返事をする。仮面の青年は上空のココに気づき、アイリーンに視線を戻した。握る指先に力が入る。

「ちょ、痛い」

「お前、あの管狐くだぎつねと会話が出来るのか?」

 金髪の青年の口調が変わった。

『管狐じゃない』

「なんて無礼な! そんなあやかしと一緒にしないで!!」

 叫んで彼を突き飛ばす。助けてくれたのは確かだけれど、神の使いであるココを管狐扱いするなんて。そう叫ぼうとして、気づいた。

 ここはフルール大陸よ? 管狐なんて専門用語、どうして知ってるの? 

 顔の上半分を洒落た仮面で覆う青年が恐ろしく思えて、じりりと後ずさった。
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