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第5話 寝られないなんて無理よぉ!!
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キエはこっそり、素敵な装束を用意してくれた。普段は甘い砂糖菓子に似た鮮やかなドレスばかりなのに、これはシンプルだわ。驚きながら鏡の前で当ててみたアイリーンは目を輝かせた。
鶯色より少し柔らかい色の膝丈ドレスだ。祓い女の衣装だと巫女装束に近いから、形がまったく違った。鶯茶のパニエがしっかりして、スカートは手に持たなくてもふわりと広がっている。しっとり足首まで隠すドレスとは違い、ワンピースのよう。
袖は白い飾りにリボンが通され、よく見れば肩の部分や胸元が少し開いた形だった。袖の内側はふんだんにフリルとレースが飾られ、パニエと同じように肌を隠してくれる。祓えで暴れても、スカートの中が見える心配はない。動きやすさはもちろん、見栄えも最高だった。
「キエ、これ可愛いわ」
「……姫様、戦闘服だということをお忘れなく」
隠密は鶯や鼠色、薄墨などの地味な色を纏う。周囲に溶け込みやすく、夜闇に紛れやすくするためと説明を受けながら、服の飾りに気づいた。胸元の刺繍や縁取りに赤や黄色が多用されている。すっごく可愛いけど、これって目立つんじゃないかしら?
「ねえ、紅葉色や金糸雀色はいいの?」
アクセントに使われた色を、勉強した名前で表現する。この大陸にはたくさんの色があり、その名前は細かく決められていた。色は与えられた名に相応しい力を持つ。そう考えられている。そのため札も色が多用されて美しい物が多かった。
陰陽に関する術を学ぶ者なら、色の名前は自然と詳しくなる。皇族であると同時に、大きな霊力を持つ祓い巫女として、アイリーンも色の名は必死で覚えた。一時期は夢に魘されたほど。おかげで知識はしっかり身についている。
それらの勉強は、実際に祓えで役立っていた。
「はい。色には力がありますので」
紅葉は身を守る護符の代わりを、金糸雀はその身が無事に帰るよう祈願されていた。覚えた術に関する知識を総動員して、アイリーンはキエの願いに頷く。
「わかったわ。ありがとう……必ず捕まえてくるわね!」
気合を入れて妖の位置を調べようとしたアイリーンに、呆れ顔のキエが1枚の紙を差し出した。覗き込んだそこに記されたのは、地図だ。それもこの世界にある2つの大陸が描かれていた。
通常の地図はこちらの東開大陸を中心に描かれ、隣の大陸フルールは存在を示される程度だ。にもかかわらず、きっちり2つの大陸が描かれていた。このほかに人の住めない氷の大陸があるらしいが、無人なので記載されない。
大きさを比較するなら、フルール大陸より東開大陸の方が3割ほど大きい。そのほぼ中央付近にある山脈から南側に開けた平地が帝都の位置だった。キエの指が迷うことなく皇宮の位置を指さし、そこからすっと隣の大陸まで移動して指先が止まる。
「禍狗が逃げたのは、この辺りと思われます」
「え?」
「姫様、お言葉が……」
「ごめんなさい。こんなところまで逃げたの?」
「ええ、どうやら禍狗を惹きつけるもの、または人がいるようです」
それって新しい贄や器かしら。だとしたら餌を食べて力をつける前に、退治しなくちゃ!
禍狗は蟲毒で作られたから、人間を食料にする可能性が高かった。こちらのミスで、他国の民を犠牲にするわけにいかないわ。外交問題になるし、隣大陸の人にとって未知の呪物だから。対抗できずに大量の犠牲者が出たら、後悔してもしきれない。
「行ってきます」
「お待ちください」
キエの冷静な声に振り返ったアイリーンに、彼女はひとつ溜め息をついた。
「昼間は姫様としてのお仕事をこなしていただきます。ですから姫様が自由に活動できるのは、夜だけですのでご承知おきください」
「夜、だけ?」
昼間は起きて皇女や巫女の仕事をするのに、夜に戦うの? いつ休むのよ、疲労と睡眠不足で倒れちゃうわ。一応成長期のお姫様なのよ?!
にっこりと笑うキエの頷きに、アイリーンは「無理よぉ!!」と絶叫した。
鶯色より少し柔らかい色の膝丈ドレスだ。祓い女の衣装だと巫女装束に近いから、形がまったく違った。鶯茶のパニエがしっかりして、スカートは手に持たなくてもふわりと広がっている。しっとり足首まで隠すドレスとは違い、ワンピースのよう。
袖は白い飾りにリボンが通され、よく見れば肩の部分や胸元が少し開いた形だった。袖の内側はふんだんにフリルとレースが飾られ、パニエと同じように肌を隠してくれる。祓えで暴れても、スカートの中が見える心配はない。動きやすさはもちろん、見栄えも最高だった。
「キエ、これ可愛いわ」
「……姫様、戦闘服だということをお忘れなく」
隠密は鶯や鼠色、薄墨などの地味な色を纏う。周囲に溶け込みやすく、夜闇に紛れやすくするためと説明を受けながら、服の飾りに気づいた。胸元の刺繍や縁取りに赤や黄色が多用されている。すっごく可愛いけど、これって目立つんじゃないかしら?
「ねえ、紅葉色や金糸雀色はいいの?」
アクセントに使われた色を、勉強した名前で表現する。この大陸にはたくさんの色があり、その名前は細かく決められていた。色は与えられた名に相応しい力を持つ。そう考えられている。そのため札も色が多用されて美しい物が多かった。
陰陽に関する術を学ぶ者なら、色の名前は自然と詳しくなる。皇族であると同時に、大きな霊力を持つ祓い巫女として、アイリーンも色の名は必死で覚えた。一時期は夢に魘されたほど。おかげで知識はしっかり身についている。
それらの勉強は、実際に祓えで役立っていた。
「はい。色には力がありますので」
紅葉は身を守る護符の代わりを、金糸雀はその身が無事に帰るよう祈願されていた。覚えた術に関する知識を総動員して、アイリーンはキエの願いに頷く。
「わかったわ。ありがとう……必ず捕まえてくるわね!」
気合を入れて妖の位置を調べようとしたアイリーンに、呆れ顔のキエが1枚の紙を差し出した。覗き込んだそこに記されたのは、地図だ。それもこの世界にある2つの大陸が描かれていた。
通常の地図はこちらの東開大陸を中心に描かれ、隣の大陸フルールは存在を示される程度だ。にもかかわらず、きっちり2つの大陸が描かれていた。このほかに人の住めない氷の大陸があるらしいが、無人なので記載されない。
大きさを比較するなら、フルール大陸より東開大陸の方が3割ほど大きい。そのほぼ中央付近にある山脈から南側に開けた平地が帝都の位置だった。キエの指が迷うことなく皇宮の位置を指さし、そこからすっと隣の大陸まで移動して指先が止まる。
「禍狗が逃げたのは、この辺りと思われます」
「え?」
「姫様、お言葉が……」
「ごめんなさい。こんなところまで逃げたの?」
「ええ、どうやら禍狗を惹きつけるもの、または人がいるようです」
それって新しい贄や器かしら。だとしたら餌を食べて力をつける前に、退治しなくちゃ!
禍狗は蟲毒で作られたから、人間を食料にする可能性が高かった。こちらのミスで、他国の民を犠牲にするわけにいかないわ。外交問題になるし、隣大陸の人にとって未知の呪物だから。対抗できずに大量の犠牲者が出たら、後悔してもしきれない。
「行ってきます」
「お待ちください」
キエの冷静な声に振り返ったアイリーンに、彼女はひとつ溜め息をついた。
「昼間は姫様としてのお仕事をこなしていただきます。ですから姫様が自由に活動できるのは、夜だけですのでご承知おきください」
「夜、だけ?」
昼間は起きて皇女や巫女の仕事をするのに、夜に戦うの? いつ休むのよ、疲労と睡眠不足で倒れちゃうわ。一応成長期のお姫様なのよ?!
にっこりと笑うキエの頷きに、アイリーンは「無理よぉ!!」と絶叫した。
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