4 / 159
第4話 封印解除は即日バレました
しおりを挟む
禁足地の端にある低くなった柵を飛び越えた。とぼとぼと歩くアイリーンの長い髪はびっしょり濡れている。和風ドレス姿だが、とても姫君には見えなかった。肩を落として溜め息をつく彼女に声を掛けたのは、侍女長のキエだ。
「きゃぁ! 姫様!! なんというお姿で……っ、シシィ、湯あみの支度を」
キエは近くの客間に飛び込み、大急ぎでタオルを取り出すと被せた。アイリーンは鼻を啜り、小さな声で礼を口にする。いつもと違う様子に、キエは深く尋ねなかった。代わりに、青から薄水色へ変化する髪を丁寧に乾かす。色が戻ったのは霊力を使用して拡散したため。ひどく怠かった。
タオルで包まれたアイリーンは、牡丹の宮の風呂へ導かれた。小さいながらも宮を賜った皇家の末姫は、その名に梨の字を含む。バラ科の植物を意味する梨繋がりで、牡丹の宮を与えられたのだ。姉2人はそれぞれに芍薬の宮と百合の宮を継承している。
華やかに咲くが首から落ちると嫌われ、牡丹は滅多に使用されない宮だった。こぶりな宮を居心地よく整え、末姫に宛がったのは理由がある。霊力が皇族の中でもっとも高かったからだ。生まれながらに帝を凌ぐ霊力を保有し、その制御にも長けていた。
神と繋がりの深い皇族に必要な存在として、華やかさの象徴である牡丹を印章に与えられた末っ子――陰陽の術を自在に操り、もっとも巫女に相応しい霊力をもつお転婆姫だった。
宮にひかれた温泉に冷え切った身を沈め、アイリーンはほっと肩の力を抜く。薄衣を纏っての湯あみは強張ったアイリーンの顔を綻ばせた。人心地がついたとはこのことね。
「姫様、何がございました?」
「……言えないわ」
キエが心配したのは、清らかな姫の身が穢されること。しかし衣服に乱れはなく、アイリーンの様子からも違うと判断した。ならば、先ほど飛び込んだ禁足地で何かあったのだろう。足の裏は傷だらけ、履いていた靴もない。何もないわけがなかった。
「何を壊したのです? それとも泉にでも転がり落ちましたか?」
「水を被った……っ! キエ、なぜ泉があると知ってるの?」
答えかけて、アイリーンは目を見開いた。禁足の地と表現される皇宮の奥は、数百年前から足を踏み入れた者がいないはず。それは使役の契約をした神獣ココの話からも間違いなかった。なのに、キエが泉の存在を知っているのはおかしいわ。
食い入るように顔を見つめるアイリーンに対し、キエは穏やかな笑みを崩さなかった。
「ご存じなかったのですか」
とっくに気づかれていると思っておりました。笑みを深めながら、キエが音もなく唇だけを動かす。
――私は隠密ですから。
思わぬ暴露に息を詰めたアイリーンは、その後ゆっくりと体の力を抜いた。なんだ、知られていたのね。だったら、隠す必要はないわ。
「泉の底に封じられた魔物が解き放たれたわ」
「っ! さきほどの衝撃はそれでしたか」
「何か感じたの?」
「頭を殴られたような激しい衝撃でした。……姫様、バレる前に封じ直す必要がございますね」
「うん」
ぴちゃんと前髪から水が落ちる。丁寧に髪を洗うキエの手は優しくて、ひどく悪いことをしたのだと今さらながらに実感した。落ち込むアイリーンへ、キエはきっちり言い聞かせる。
「落ち込んでいる暇はございません! 準備が出来次第、追って頂きますから」
「え?」
私が? 一応皇族で姫で、巫女なんだけど。そんなアイリーンに、キエは容赦なく現実を突きつけた。
「禁足地で封印を破った皇族のせいで国が滅びるのと、追って捕まえるのはどちらがいいですか」
「……捕まえます」
ぐっと言葉に詰まる。全部私の所為よね。アイリーンは逆らえずに俯いた。
「きゃぁ! 姫様!! なんというお姿で……っ、シシィ、湯あみの支度を」
キエは近くの客間に飛び込み、大急ぎでタオルを取り出すと被せた。アイリーンは鼻を啜り、小さな声で礼を口にする。いつもと違う様子に、キエは深く尋ねなかった。代わりに、青から薄水色へ変化する髪を丁寧に乾かす。色が戻ったのは霊力を使用して拡散したため。ひどく怠かった。
タオルで包まれたアイリーンは、牡丹の宮の風呂へ導かれた。小さいながらも宮を賜った皇家の末姫は、その名に梨の字を含む。バラ科の植物を意味する梨繋がりで、牡丹の宮を与えられたのだ。姉2人はそれぞれに芍薬の宮と百合の宮を継承している。
華やかに咲くが首から落ちると嫌われ、牡丹は滅多に使用されない宮だった。こぶりな宮を居心地よく整え、末姫に宛がったのは理由がある。霊力が皇族の中でもっとも高かったからだ。生まれながらに帝を凌ぐ霊力を保有し、その制御にも長けていた。
神と繋がりの深い皇族に必要な存在として、華やかさの象徴である牡丹を印章に与えられた末っ子――陰陽の術を自在に操り、もっとも巫女に相応しい霊力をもつお転婆姫だった。
宮にひかれた温泉に冷え切った身を沈め、アイリーンはほっと肩の力を抜く。薄衣を纏っての湯あみは強張ったアイリーンの顔を綻ばせた。人心地がついたとはこのことね。
「姫様、何がございました?」
「……言えないわ」
キエが心配したのは、清らかな姫の身が穢されること。しかし衣服に乱れはなく、アイリーンの様子からも違うと判断した。ならば、先ほど飛び込んだ禁足地で何かあったのだろう。足の裏は傷だらけ、履いていた靴もない。何もないわけがなかった。
「何を壊したのです? それとも泉にでも転がり落ちましたか?」
「水を被った……っ! キエ、なぜ泉があると知ってるの?」
答えかけて、アイリーンは目を見開いた。禁足の地と表現される皇宮の奥は、数百年前から足を踏み入れた者がいないはず。それは使役の契約をした神獣ココの話からも間違いなかった。なのに、キエが泉の存在を知っているのはおかしいわ。
食い入るように顔を見つめるアイリーンに対し、キエは穏やかな笑みを崩さなかった。
「ご存じなかったのですか」
とっくに気づかれていると思っておりました。笑みを深めながら、キエが音もなく唇だけを動かす。
――私は隠密ですから。
思わぬ暴露に息を詰めたアイリーンは、その後ゆっくりと体の力を抜いた。なんだ、知られていたのね。だったら、隠す必要はないわ。
「泉の底に封じられた魔物が解き放たれたわ」
「っ! さきほどの衝撃はそれでしたか」
「何か感じたの?」
「頭を殴られたような激しい衝撃でした。……姫様、バレる前に封じ直す必要がございますね」
「うん」
ぴちゃんと前髪から水が落ちる。丁寧に髪を洗うキエの手は優しくて、ひどく悪いことをしたのだと今さらながらに実感した。落ち込むアイリーンへ、キエはきっちり言い聞かせる。
「落ち込んでいる暇はございません! 準備が出来次第、追って頂きますから」
「え?」
私が? 一応皇族で姫で、巫女なんだけど。そんなアイリーンに、キエは容赦なく現実を突きつけた。
「禁足地で封印を破った皇族のせいで国が滅びるのと、追って捕まえるのはどちらがいいですか」
「……捕まえます」
ぐっと言葉に詰まる。全部私の所為よね。アイリーンは逆らえずに俯いた。
2
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。
香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー
私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。
治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。
隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。
※複数サイトにて掲載中です
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる