上 下
69 / 100

69.事前準備は怠らない

しおりを挟む
 コルジリネに書いた手紙の返事を待つ間、カレンデュラは王フィゲリウスとの謁見を願い出た。今回わかっているだけでも、リクニス国が滅びる可能性は高い。その事実を隠しておくより、共有する方が対策を立てやすかった。

 何より、不確定な事実であっても、知らないより知っている方がいい。何も起きなければそれで構わないし、起きた時は知っているだけで決断が早くなる。カレンデュラが出かけると聞いて、ビオラはがっかりした。

「明日、一緒にお茶にしましょうか」

 もちろんティアレラも誘って。付け加えた情報に、ビオラも喜んだ。今日は男爵夫妻に会ってくると笑う。明日のお茶会を楽しみに、彼女は義両親とのお出かけに向かった。

 先に出発したカレンデュラがいない上、ビオラも不在。ティアレラは窓辺で溜め息を吐いた。クレチマスは婚約者リッピアと共に、ゆったり過ごすようで。邪魔をするのも気が引けた。

「何もすることがないわ」

 むっとした表情で呟くと、お茶を用意する侍女が微笑んだ。

「旦那様より伝言を預かっております。もしお暇でしたら、騎士達との手合わせをお願いしたい、と」

 公爵オスヴァルドは、ティアレラの性格を見抜いていたらしい。体を動かすのが好きな辺境伯令嬢の強さを、自領の騎士に分けてほしい。素直にそう考えた。

「いいわね、体を動かすのは好きよ」

 ティアレラは深く考えずに受け入れた。辺境伯領から馬車で来た。ビオラが一緒なので仕方ないが、いつもなら騎乗してすぐの距離だ。馬車の中は退屈で、体を動かせる広さもなかった。

 運動不足になった体を慣らすのにちょうどいい。侍女に頼んで、乗馬服に着替えた。荷物になるので、あまり服を持ってきていない。辺境伯家の所有する屋敷まで戻る手間を惜しんだ。

 騎士達に歓迎されながらティアレラが手合わせを始めた同時刻、カレンデュラは王宮内で絡まれていた。

「これはこれはデルフィニューム公爵令嬢ではありませんか。あなたのご活躍のお陰で、第一王子殿下が失脚なさって……」

「その話、まだ続きますの?」

 ぱちんと扇を畳んで話を折る。顔を赤くして何か怒鳴る腹の大きな男に、美女はぴしゃりと言い放った。

「名乗らぬ失礼、目上に勝手に話しかけた無礼、国王陛下との謁見に向かう公爵令嬢の前を塞いだ非礼……どう償うのか。とても楽しみよ」

 絶句した男は、謁見のことを知らなかったようだ。ある意味当然だが、吹聴して歩くことでもない。固まった男へ、カレンデュラは最終通告を放った。

「そこをどきなさい」

 命じる声に、重なったのは国王の声。

「遅いと思い迎えにくれば……絡まれておったのか」

 振り返り、国王の姿にぱくぱくと言い訳の口が開く。フィゲリウスは「うるさい」の一言で却下し、男を護衛に片付けさせた。カレンデュラに腕を差し出し、エスコートを申し出る。微笑んだ彼女を連れて、フィゲリウスは執務室へ向かった。

 それから数日後、オスヴァルドが王宮へ出向くと、この騒ぎはすでに噂になっていた。曰く、この国の新たな女帝誕生……という尾鰭背鰭が大量に揺れる化け物に成長して。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。 そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。 悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。 「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」 こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。 新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!? ⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

処理中です...