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60.届かない想いの束

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 最愛のカレンデュラと離れて、まだ一月も経っていない。このわずかな時間でさえ我慢できないほど、彼女に恋い焦がれた。コルジリネは窓の外に浮かぶ月を見ながら、美しい婚約者に思いを馳せる。すらすらと美辞麗句を並べた手紙を記し、丁寧に署名した。それを引き出しに片付ける。

 婚約者への手紙は毎日書いているが、まだ一通も発送していなかった。もし返事でも貰ったら、我慢できずに仕事も役目も放り出す自分を知っているから。ここは我慢の一手だ。コルジリネの机には、大量の書類が詰まれている。こつこつと片付けながら、口元が緩んだ。

 こうして作業をしていると、よく妹がお茶を淹れてくれたな。過去の記憶がコルジリネの脳裏にふわりと浮かぶ。長野県の山奥にある実家の軒先を思い出し、懐かしく感じた。カレンデュラと一緒にいると、あの頃の穏やかな感情が蘇る。居心地がよく、温かな思い出ばかりだ。

 政略結婚なのに、ここまで彼女を愛せることが誇らしい。コルジリネは出会った瞬間、恋に落ちた。あの衝撃は、もう一度前世を思い出すくらいの強烈な印象だった。自然と浮かんだコルジリネの笑みが、ノックの音できゅっと引き締められる。

「失礼いたします。お手紙が届いております」

「ご苦労、ここへ」

 書類入れの未処理箱を示すコルジリネに対し、側近は躊躇う。珍しいこともあるものだと顔をあげ、宛名を確認したコルジリネの目が輝いた。デルフィニューム公爵家の紋章が入った封筒を大急ぎで開く。

「……聖女が捕獲? そんな情報はなかったが」

 不穏な内容に眉を寄せ、まだ待っていた側近に調べるよう頼んだ。

「急ぎだ。エキナセア神聖国の情報を集めろ。ここ数日分でいい」

 皇帝が介入したため、毎日のように情報が届いているはず。皇太子の命令に、側近の青年はすぐ動いた。一時間も待たず運ばれた情報に目を通し、コルジリネは大急ぎでペンを取った。手に入る情報を惜しみなく散らした手紙を書き終えると、二重に封をして宛名を記す。

「これをデルフィニューム公爵令嬢へ」

「畏まりました」

 預かって退室する側近へ、今夜の仕事は終わりだと告げて見送った。コルジリネは引き出しを開け、大量に重なった日付順の手紙に溜め息を吐く。また出しそびれてしまった。大量に送りつければ、今のカレンデュラの邪魔になる。

 必要な情報だけ届けるのが正しい対応だ。そう思う反面、コルジリネはこの手紙の供養方法を考え始めていた。おそらく渡せずに終わる。誰かに見られる前に、処分するべきではないか? だが誰かに任せるのも不安だ。

 大国の皇太子とは思えぬ悩みに唸りながら、コルジリネは今夜も引き出しに鍵を掛けた。





 聖女が囚われた話はない。端的で報告書のような手紙がカレンデュラに届く頃、すでに彼女は動いていた。ビオラの無事をティアレラから報告され、今度はエキナセア神聖国の動きを確かめるため、諜報員を手配する。そこへ届いた新しい手紙に胸を高鳴らせ、カレンデュラは目を通した。

「あの人らしいわ。もう少しロマンチックな文面が良かったのに」

 苦笑いが浮かぶ。婚約者からの手紙を畳み直したカレンデュラは、その手紙を胸元に押し当てた。
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