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55.神聖国崩壊の始まり
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国境の砦で、タンジー公爵夫人は腕を組んだ。見下ろす先に、大量の難民が押し寄せている。彼らを受け入れるかどうか、本当に難民なのか、扇動を試みる兵士が混じっていないか。確かめることは山積みだった。
「いかがなさいますか」
「選別するしかないわ」
普段はドレスを纏い、公爵夫人らしく振る舞う貴婦人は、この場にいない。幾多の戦場を生き抜いた女騎士は、夫のいる背後を振り返った。少し遅れて追いかけてくるのを待ってもいいが、先に動くべきだろう。
「顔や言い分ではなく、手を見て判断しなさい」
剣を振るう者の手は硬い。もちろん農夫も同じだ。だが扱う道具が違うため、タコの位置が微妙に違った。同じ農夫ならすぐ区別がつく。年齢で兵役に引っかかった農家の者を集め、判別の担当に当たらせた。代わりに砦の兵士は彼らを守る。
兵役で駆り出された農夫を、無事に妻子の元へ帰すことは領主の責務だった。戦いが始まれば犠牲も生まれるが、現時点なら防げる。領主不在の今、夫人は一族の代行者だ。彼女の命令に、砦の責任者である子爵は一礼した。
命令が伝達され、兵士と農夫が動き出す。門は閉ざしたままだが、隣の通用門から一人ずつ受け入れが始まった。指先の綺麗な上流階級が数人見つかり、外へ追い返される。
「待たせた」
追いかけた公爵の到着で、夫人は厳しい表情を緩めた。現時点での判断と行動を報告し、命令権を返上する。しばらく聞いた後、公爵は労働階級ではない者を別室へ呼び出すよう指示した。
「どんな話が出てくるのか、興味はないか?」
理由を問うた妻に、にやりと笑う。意味を察した夫人はやれやれと首を横に振った。
「悪い癖ですわ」
「そんな男でも、これほどの妻を得たことが自慢だ」
さらりと惚気けてみせ、公爵は上流階級の数人との面会に向かった。一般的に、貴族階級が逃げ出すのは早い。民に紛れて逃げ込むのではなく、旅行のフリで入国する方が探られずに済むからだ。
宝飾品をたんまり積んだ馬車に乗り、護衛をたくさん同行させる者が多かった。自らの安全のためなら、領地をすぐに放棄する。そんな貴族や上流階級が、一般の民衆と共に入国を希望した。国内で何が起きているのか、把握しているのは彼らだろう。
「教皇猊下が……亡くなられた」
「聖女派が勢いを増し、貴国から支援に来た聖女を保護したと聞いたぞ」
思わぬ情報に、頭をよぎったのは……ビオラというピンクの髪の少女だった。形骸化した聖女だが、支援のために動いたのか。いや、デルフィニューム公爵家の指示だろう。ならば、どう動くのが正しい?
公爵より早く結論を出したのは、夫人だった。
「聖女様は我が国の民でもあります。囚われたのなら、お助けするべきでは?」
遠回しに中央へ報告を上げろ、と促す。夫人の判断に公爵も同意し、早馬の伝令が出された。それと同時に、情報の精査を始める。本当に教皇が死んだのか、聖女派はビオラを捕らえたのか。または別の誰かが聖女かもしれない。
混乱を極める現場で、タンジー公爵は即断の危険を冒さなかった。
「いかがなさいますか」
「選別するしかないわ」
普段はドレスを纏い、公爵夫人らしく振る舞う貴婦人は、この場にいない。幾多の戦場を生き抜いた女騎士は、夫のいる背後を振り返った。少し遅れて追いかけてくるのを待ってもいいが、先に動くべきだろう。
「顔や言い分ではなく、手を見て判断しなさい」
剣を振るう者の手は硬い。もちろん農夫も同じだ。だが扱う道具が違うため、タコの位置が微妙に違った。同じ農夫ならすぐ区別がつく。年齢で兵役に引っかかった農家の者を集め、判別の担当に当たらせた。代わりに砦の兵士は彼らを守る。
兵役で駆り出された農夫を、無事に妻子の元へ帰すことは領主の責務だった。戦いが始まれば犠牲も生まれるが、現時点なら防げる。領主不在の今、夫人は一族の代行者だ。彼女の命令に、砦の責任者である子爵は一礼した。
命令が伝達され、兵士と農夫が動き出す。門は閉ざしたままだが、隣の通用門から一人ずつ受け入れが始まった。指先の綺麗な上流階級が数人見つかり、外へ追い返される。
「待たせた」
追いかけた公爵の到着で、夫人は厳しい表情を緩めた。現時点での判断と行動を報告し、命令権を返上する。しばらく聞いた後、公爵は労働階級ではない者を別室へ呼び出すよう指示した。
「どんな話が出てくるのか、興味はないか?」
理由を問うた妻に、にやりと笑う。意味を察した夫人はやれやれと首を横に振った。
「悪い癖ですわ」
「そんな男でも、これほどの妻を得たことが自慢だ」
さらりと惚気けてみせ、公爵は上流階級の数人との面会に向かった。一般的に、貴族階級が逃げ出すのは早い。民に紛れて逃げ込むのではなく、旅行のフリで入国する方が探られずに済むからだ。
宝飾品をたんまり積んだ馬車に乗り、護衛をたくさん同行させる者が多かった。自らの安全のためなら、領地をすぐに放棄する。そんな貴族や上流階級が、一般の民衆と共に入国を希望した。国内で何が起きているのか、把握しているのは彼らだろう。
「教皇猊下が……亡くなられた」
「聖女派が勢いを増し、貴国から支援に来た聖女を保護したと聞いたぞ」
思わぬ情報に、頭をよぎったのは……ビオラというピンクの髪の少女だった。形骸化した聖女だが、支援のために動いたのか。いや、デルフィニューム公爵家の指示だろう。ならば、どう動くのが正しい?
公爵より早く結論を出したのは、夫人だった。
「聖女様は我が国の民でもあります。囚われたのなら、お助けするべきでは?」
遠回しに中央へ報告を上げろ、と促す。夫人の判断に公爵も同意し、早馬の伝令が出された。それと同時に、情報の精査を始める。本当に教皇が死んだのか、聖女派はビオラを捕らえたのか。または別の誰かが聖女かもしれない。
混乱を極める現場で、タンジー公爵は即断の危険を冒さなかった。
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