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54.タンジー公爵領の底力
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夜の街道を馬で駆け、飛び込んだ屋敷は臨戦体制だった。途中で合流した伝令から、エキナセア神聖国が国境に軍を展開した話を知る。一般的には宣戦布告と同じだった。内戦を後回しにしたのか、別勢力か。
「今戻った!」
「遅いわよ、あなた! 先に砦へ向かうわ」
「一緒に行こう」
タンジー公爵夫人が出迎え、武装した姿で夫の隣をすり抜ける。慌てて同行すると伝えた夫を上から下まで眺め、大きな息を吐いた。
「着替えて食事してからでいいわ。待ってるわよ」
長い茶色の髪を三つ編みにして背に放った公爵夫人は、用意された馬に跨った。横乗りではない。騎士服に似た軍服には、階級章がいくつも付いていた。彼女の輝かしい武勲は、騎士の間で有名だ。
「気をつけろ、先に動くな」
「わかってるわ」
にっこり笑い、公爵夫人は応援部隊の先頭を切って走り出した。疲れを見透かされた公爵は、大股で屋敷に入る。さっと汗を流し、着替えて食事を摂る。数十分の休憩を取って、残った騎士を引き連れて出発した。
エキナセア神聖国に通じる国境の砦は、ここから数時間の距離だ。馬車なら半日だが、騎乗した一行は一塊になって領地を駆け抜けた。
「何か起きたのか」
「さっき、兵役の召集がかかったらしいぞ」
農民達は畑仕事の手を止めて、戦いが近いことを確認し合う。兵役を科された者は、すでに準備していた。やや年老いた農夫は、鍬を突き立てて腰を伸ばす。それから、にやりと笑った。
「いっちょ、稼いでくっか」
「爺さんは後方支援だ。手柄を立てるのは俺さ」
口々に騒ぎながら、鍬や鋤を小屋に片付ける。彼らが真っ直ぐに向かったのは、街の中にある集会所だった。すでに農家の妻子も集まり、炊き出しの支度や後方支援の準備が始まっている。
「遅かったね……行くんだろ。これ持っていきな」
くしゃっと皺を深める笑みを浮かべ、妻が鎧の入った箱を押し出す。中身を確認し、剣まですべて錆がないことに老農夫は驚いた。
「磨いといたんだよ。お屋敷の奥様も向かったんだ。あんた、しっかり戦っておいで」
「おうよ!」
周囲の農夫も手続きを行い、荷馬車に乗り込んで向かう。渡されたパンが入った袋を担ぎ、戦うための道具を抱えて。公爵夫人から半日遅れ、公爵一行の後を追う形で、彼らは意気揚々と戦場へ向かう。
タンジー公爵領は、一体となって戦おうとしていた。
「民も自主的に参加するのか」
馬車で遅れて到着したユリウスは、ぽつりと呟いた。戦えと命じなくても、民は動く。なぜなら領主を信じ、家族を守ることを誇っているからだ。誰かに守られるのではなく、戦うことで奪われない未来を得る。
その覚悟が、ユリウスには眩しかった。
「第二王子殿下、この先はいかがなさいますか」
馬車の窓近くに馬首を寄せ、尋ねたのは昨夜の騎士だった。危険だと諭し、足手纏いになると叱った。その言葉を不敬と怒らず受け止めたユリウスに、騎士は人の上に立つ者の器を感じている。まだ未熟で、揺らぎやすい柔らかな器だが、育て方を間違わなければ……と期待もあった。
「迷惑だろうが、砦に行きたい。無理なら言ってくれ」
真っ直ぐに答えたユリウスに、騎士は短く承諾を伝えた。
「今戻った!」
「遅いわよ、あなた! 先に砦へ向かうわ」
「一緒に行こう」
タンジー公爵夫人が出迎え、武装した姿で夫の隣をすり抜ける。慌てて同行すると伝えた夫を上から下まで眺め、大きな息を吐いた。
「着替えて食事してからでいいわ。待ってるわよ」
長い茶色の髪を三つ編みにして背に放った公爵夫人は、用意された馬に跨った。横乗りではない。騎士服に似た軍服には、階級章がいくつも付いていた。彼女の輝かしい武勲は、騎士の間で有名だ。
「気をつけろ、先に動くな」
「わかってるわ」
にっこり笑い、公爵夫人は応援部隊の先頭を切って走り出した。疲れを見透かされた公爵は、大股で屋敷に入る。さっと汗を流し、着替えて食事を摂る。数十分の休憩を取って、残った騎士を引き連れて出発した。
エキナセア神聖国に通じる国境の砦は、ここから数時間の距離だ。馬車なら半日だが、騎乗した一行は一塊になって領地を駆け抜けた。
「何か起きたのか」
「さっき、兵役の召集がかかったらしいぞ」
農民達は畑仕事の手を止めて、戦いが近いことを確認し合う。兵役を科された者は、すでに準備していた。やや年老いた農夫は、鍬を突き立てて腰を伸ばす。それから、にやりと笑った。
「いっちょ、稼いでくっか」
「爺さんは後方支援だ。手柄を立てるのは俺さ」
口々に騒ぎながら、鍬や鋤を小屋に片付ける。彼らが真っ直ぐに向かったのは、街の中にある集会所だった。すでに農家の妻子も集まり、炊き出しの支度や後方支援の準備が始まっている。
「遅かったね……行くんだろ。これ持っていきな」
くしゃっと皺を深める笑みを浮かべ、妻が鎧の入った箱を押し出す。中身を確認し、剣まですべて錆がないことに老農夫は驚いた。
「磨いといたんだよ。お屋敷の奥様も向かったんだ。あんた、しっかり戦っておいで」
「おうよ!」
周囲の農夫も手続きを行い、荷馬車に乗り込んで向かう。渡されたパンが入った袋を担ぎ、戦うための道具を抱えて。公爵夫人から半日遅れ、公爵一行の後を追う形で、彼らは意気揚々と戦場へ向かう。
タンジー公爵領は、一体となって戦おうとしていた。
「民も自主的に参加するのか」
馬車で遅れて到着したユリウスは、ぽつりと呟いた。戦えと命じなくても、民は動く。なぜなら領主を信じ、家族を守ることを誇っているからだ。誰かに守られるのではなく、戦うことで奪われない未来を得る。
その覚悟が、ユリウスには眩しかった。
「第二王子殿下、この先はいかがなさいますか」
馬車の窓近くに馬首を寄せ、尋ねたのは昨夜の騎士だった。危険だと諭し、足手纏いになると叱った。その言葉を不敬と怒らず受け止めたユリウスに、騎士は人の上に立つ者の器を感じている。まだ未熟で、揺らぎやすい柔らかな器だが、育て方を間違わなければ……と期待もあった。
「迷惑だろうが、砦に行きたい。無理なら言ってくれ」
真っ直ぐに答えたユリウスに、騎士は短く承諾を伝えた。
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