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50.どの物語か、重要ではない

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 ビオラが戻る。手紙を出したカレンデュラは、迎える準備を始めた。広げた紙に、状況を書き出していく。

 ティアレラは婚約者のシオンと一緒に領地へ戻った。辺境伯家の役目は、国境を守ることだから正しい行いだ。だが『花冠に愛を誓う』の物語に近づいた。領地へ自ら帰還した形だが、追放の形に似ている。強制力があるかと問われたら、一番可能性が高かった。

 領地へ戻ったのはタンジー公爵も同じである。ただし、義理の息子クレチマスと跡取り娘リッピアを残して。きな臭い領地に、当主と跡取りが揃うのは危険と判断した。こちらは『リクニスの花』からズレてきた。兄が攻略対象にならず、妹も守られるだけ。

 カレンデュラの婚約者コルジリネは、帝国に呼び戻された。しばらくはリクニス国へ来られないだろう。これは、セントーレア帝国による防衛の一つだ。跡取りを危険から遠ざけ、未来の皇妃の才覚や実家の実力を確認するため。

 カレンデュラの物語『婚約破棄で結構ですわ』に絡むとしたら、復讐の部分がどうなるか。今のカレンデュラに、リクニス国を攻撃する理由はない。ミューレンベルギア妃の死と第一王子の除籍で、十分ざまぁが成立した。

 帰国して一ヶ月後に、ビオラは聖女の役割を終える。神官ルピナスと結婚すれば、『聖女は月光を手に』が破綻する。彼女が転生だろうが、転移していようが、まったく関係なかった。王子様と結ばれるのがハッピーエンドだ。彼と結ばれなくても、攻略対象の誰かと恋仲になるはず。ルピナスはその対象に含まれなかった。

 聞き出した物語の内容を転写した紙を並べ、見比べながら眉を寄せる。カレンデュラは混乱していた。

 どの物語も少しずつ該当する。主に当初の立場や名前、それから転移や転生の状況が当て嵌まる。だから彼らも、自らを物語の登場人物だろうと考えた。

 手にしたペンを紙の上に転がし、カレンデュラは左右の紙を比較する。ティアレラがまとめた内容を読み直し、自らまとめた追加に目を通した。刻一刻と内容が変化しているため、この世界がどの物語なのか判別できない。

「まいったわね、日本人以外の共通点がないじゃない」

 日本人以外の転生や転移が発生していても、正直、判断がつかない。それ以前に、可能性はかなり低いと睨んでいた。日本人ほど特殊な民族はいないからだ。

 カレンデュラの知る日本人は、特定の宗派に属さないくせに信心深い。正月に神社や寺に詣で、ケルト教のハロウィンに夢中になる。クリスマスや結婚式はキリスト教、八百万の神様を否定しないくせに死んだら仏様になると考える。ごちゃ混ぜだった。

 死んだら生まれ変わる。前世や来世がある。そう考えるのは、珍しい人種なのだ。さらに他国の仏教徒にない特徴として、異世界での活躍をファンタジーとして書き起こす。

『他国人には無理でしょうね』

 ふっと笑みを浮かべたカレンデュラは、紙の上の該当部分だけを拾い始めた。現実とそぐわない部分は棒線で消していく。

「もしかして……」

 そうよ、物語が一つしかないなんて……誰が決めたの? この世界が、様々な物語を混在させた世界なら! 危険なのは、この物語だけよ。二枚の紙を掴んで、カレンデュラは大急ぎで部屋を出た。

 急いで王宮へ向かう必要があるわ。
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