44 / 100
44.張り詰めた糸を狙う襲撃
しおりを挟む
各国の重要人物が他国に散らばる状況は、滅多に起きることではない。
国内で代替わり騒動が起きたばかりのホスタ王国の王妃が、リクニス国に滞在中。セントーレア帝国皇太子は、婚約者を訪ねた帰りでまだリクニス国内を移動していた。リクニス国の第一王子が廃太子となり、第二王子がエキナセア神聖国との国境へ向かう。
形骸化したとはいえ、聖女の肩書きを持つ少女が、王侯貴族の支援物資を届けにエキナセア神聖国内におり……問題の神聖国は内紛中だ。通常では考えられないほど、世界は危険に晒されていた。
どこかの王族が害されれば、その時点でバランスが崩れる。絶妙なギリギリの糸は切れ、各国が自国の利益を追い始めるだろう。ここまで切迫した状況を、カレンデュラは地図に書き込んだ。上から俯瞰するように眺め、口元を緩める。
この世界が置かれた現状が強制力によるものなら、物語が絞れたかもしれない。ペンを手に手紙を認め、それぞれに封をして発送させた。と同時に、地図を日記帳に挟んで鍵を掛ける。さらに錠のついた引き出しにしまい込んだ。
「お嬢様、王宮からお手紙でございます」
侍女から受け取った封筒を開け、中の手紙に目を通した。封筒の透かし紋章で、差出人は分かっている。ホスタ王国の王妃殿下に申し出た面会への返答だった。
「着替えを準備して。王宮へ上がります」
王妃ユーフォルビアが滞在するのは、あと数日間。その間に、確認したいことがあった。用意されたドレスに袖を通し、髪を結って化粧を直す。父に出掛ける旨を伝えると、一緒に王宮へ向かうことになった。
国王フィゲリウス陛下は、いろいろと足りなかったかもしれない。だが悪化しないよう、自分なりに手を打ってきた。少なくとも、民に対し増税などの愚策を行わず、どうにか国を治めてきたのは事実だ。若い頃の失態が、今も尾を引いているだけ。
ようやく決着が着いたところに、新しい火種は不要だった。馬車の中で向かい合わせの父娘は、何も言葉を交わさない。だがカレンデュラの扇が開いては閉じ、パチンパチンと音を響かせた。
普段なら行儀が悪いと叱る場面だが、父オスヴァルドも組んだ腕を指先で何度も叩く。互いの状況を指摘する心境ではなかった。
「賊です! 馬車からお出にならぬよう……くっ」
忠告する随行の騎士が、途中で言葉を切って歯を食いしばる。金属音が重なり、攻撃を受け流したのだと知れた。王都のデルフィニューム公爵邸と王宮は、さほど離れていない。馬車で三十分ほどの距離だった。
途中まで街が広がるものの、王宮自体は林に囲まれている。その区間に入った途端、襲ってきたらしい。状況を判断し、カレンデュラは座っていた椅子の座面を外した。
弓矢、剣、盾が入っている。流石に鎧はないが、最低限の武器は常備していた。
「お父様は?」
「ある」
ぽんと己の腰を叩き、立てかけていた剣を帯に装着した。その姿を見たカレンデュラは、外の様子に耳を澄ませた後で剣を選択する。すらりと引き抜いた剣の鞘を床に残し、慣れた様子で柄を握った。
「デルフィニューム公爵家は全員戦えましてよ!」
叫びながら馬車の扉を蹴飛ばした。
国内で代替わり騒動が起きたばかりのホスタ王国の王妃が、リクニス国に滞在中。セントーレア帝国皇太子は、婚約者を訪ねた帰りでまだリクニス国内を移動していた。リクニス国の第一王子が廃太子となり、第二王子がエキナセア神聖国との国境へ向かう。
形骸化したとはいえ、聖女の肩書きを持つ少女が、王侯貴族の支援物資を届けにエキナセア神聖国内におり……問題の神聖国は内紛中だ。通常では考えられないほど、世界は危険に晒されていた。
どこかの王族が害されれば、その時点でバランスが崩れる。絶妙なギリギリの糸は切れ、各国が自国の利益を追い始めるだろう。ここまで切迫した状況を、カレンデュラは地図に書き込んだ。上から俯瞰するように眺め、口元を緩める。
この世界が置かれた現状が強制力によるものなら、物語が絞れたかもしれない。ペンを手に手紙を認め、それぞれに封をして発送させた。と同時に、地図を日記帳に挟んで鍵を掛ける。さらに錠のついた引き出しにしまい込んだ。
「お嬢様、王宮からお手紙でございます」
侍女から受け取った封筒を開け、中の手紙に目を通した。封筒の透かし紋章で、差出人は分かっている。ホスタ王国の王妃殿下に申し出た面会への返答だった。
「着替えを準備して。王宮へ上がります」
王妃ユーフォルビアが滞在するのは、あと数日間。その間に、確認したいことがあった。用意されたドレスに袖を通し、髪を結って化粧を直す。父に出掛ける旨を伝えると、一緒に王宮へ向かうことになった。
国王フィゲリウス陛下は、いろいろと足りなかったかもしれない。だが悪化しないよう、自分なりに手を打ってきた。少なくとも、民に対し増税などの愚策を行わず、どうにか国を治めてきたのは事実だ。若い頃の失態が、今も尾を引いているだけ。
ようやく決着が着いたところに、新しい火種は不要だった。馬車の中で向かい合わせの父娘は、何も言葉を交わさない。だがカレンデュラの扇が開いては閉じ、パチンパチンと音を響かせた。
普段なら行儀が悪いと叱る場面だが、父オスヴァルドも組んだ腕を指先で何度も叩く。互いの状況を指摘する心境ではなかった。
「賊です! 馬車からお出にならぬよう……くっ」
忠告する随行の騎士が、途中で言葉を切って歯を食いしばる。金属音が重なり、攻撃を受け流したのだと知れた。王都のデルフィニューム公爵邸と王宮は、さほど離れていない。馬車で三十分ほどの距離だった。
途中まで街が広がるものの、王宮自体は林に囲まれている。その区間に入った途端、襲ってきたらしい。状況を判断し、カレンデュラは座っていた椅子の座面を外した。
弓矢、剣、盾が入っている。流石に鎧はないが、最低限の武器は常備していた。
「お父様は?」
「ある」
ぽんと己の腰を叩き、立てかけていた剣を帯に装着した。その姿を見たカレンデュラは、外の様子に耳を澄ませた後で剣を選択する。すらりと引き抜いた剣の鞘を床に残し、慣れた様子で柄を握った。
「デルフィニューム公爵家は全員戦えましてよ!」
叫びながら馬車の扉を蹴飛ばした。
235
お気に入りに追加
686
あなたにおすすめの小説
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。
そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。
悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。
「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」
こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。
新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!?
⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる