42 / 100
42.じわじわと侵食する毒
しおりを挟む
女神エキナセアを信仰する気持ちは、どの派閥も同じだ。唯一絶対神として、崇めている。ただ派閥によって違う部分があるとすれば、他国の宗教をどう考えるか。
教皇派は女神以外の存在をすべて排除する。過去の記録にあった聖女も含めて、女神とは違うと判断した。
聖女派は神の代理人が存在すると考える。そのため唯一絶対神を崇めながらも、他国の宗教を完全否定はしなかった。他国の神が、女神エキナセアの眷属である可能性を残すためだ。
一番緩い考え方をするのが、今回の新興派だった。国が違えば別の神もいるだろう。ただ、自分達の住まう神聖国では、エキナセア女神が最上位である。ここまで緩くなるのには、民の実情があった。
国境付近の貧しい農村部では、隣国から援助を受けた経験がある。山崩れで家が崩れた時も、台風で収穫が台無しになった時も、援助は隣国の方が早かった。自国で信仰する神は、信者であるかどうかを問わず、他者を助けるよう説いているから、と。
エキナセア女神を否定せず、恩を着せるでもなく支援を届けた。その姿を覚えているから、民は複数の神々の存在を黙認する。国内の内紛で物流が滞り、医療や食糧が行き届かなくなった。
女神に祈っても動かない国に痺れを切らし、農民を中心に決起したのだ。信者を救わない神も、民を見捨てる執政者も同じだと、怒りの拳を振り上げた。
「支援物資です。対価はいりませんが、平等に分けてくださいね。明日は炊き出しを行います。鍋か器を持ってきてください」
隣国リクニスから訪れた少女は、複数の荷馬車を率いて現れた。王侯貴族の支援金を物資に替え、笑顔で人々に渡していく。どの神を信じるか、尋ねることはしなかった。
ピンクの髪と水色の瞳をもつ少女は、隣国リクニスの聖女らしい。リクニスの聖女が名誉職だと知っているが、実際の行いが聖女そのものだ。利害関係のない他国の、信じる神も違う人々に食糧や薬を配る。
あっという間に話題になり、噂となって国中を駆け抜けた。内紛で荒れた人々の心に、聖女という存在が染み込んでいく。じわじわと、中毒性のある薬物のように。思考と感情を蝕んだ。
「貴様が聖女を騙る女か!」
持ちやすいよう包んだパンを渡していたピンク髪の少女に、教皇派の神聖騎士が詰め寄る。驚いた顔をしたものの、小さな子にパンを手渡してから顔を上げた。
「リクニスから参りました、ビオラです」
きちんと挨拶する。その際に聖女だとは名乗らなかった。にも関わらず、騎士は乱暴に彼女の腕を引っ張る。捕える気だ。察知した民がざわついた。神聖騎士は教皇の命令で、いつでも動く。裕福な商人を冤罪で投獄し、その財産を奪った事件もあった。
あの子がどんな目に遭わされるか! 聖女でなくとも、民を救った子だ。このまま見捨てたら、慈愛を説く女神エキナセアに顔向けできない。
「痛いっ、やめてください」
振り解こうと動いたビオラに、騎士が腕を振り上げた。そこで民の怒りが爆発する。
「ビオラちゃんに何をする!」
「そうだ! お前らの代わりにパンを届けたんだぞ!!」
「教皇が何をしてくれた!?」
猊下の敬称を付けずに叫び、騎士に飛び掛かる人が現れた。振り払ったものの、数の多さに押され、追い払われる。庇って殴られた人を手当する少女の姿に、人々は伝説の聖女の影を重ねた。
教皇派は女神以外の存在をすべて排除する。過去の記録にあった聖女も含めて、女神とは違うと判断した。
聖女派は神の代理人が存在すると考える。そのため唯一絶対神を崇めながらも、他国の宗教を完全否定はしなかった。他国の神が、女神エキナセアの眷属である可能性を残すためだ。
一番緩い考え方をするのが、今回の新興派だった。国が違えば別の神もいるだろう。ただ、自分達の住まう神聖国では、エキナセア女神が最上位である。ここまで緩くなるのには、民の実情があった。
国境付近の貧しい農村部では、隣国から援助を受けた経験がある。山崩れで家が崩れた時も、台風で収穫が台無しになった時も、援助は隣国の方が早かった。自国で信仰する神は、信者であるかどうかを問わず、他者を助けるよう説いているから、と。
エキナセア女神を否定せず、恩を着せるでもなく支援を届けた。その姿を覚えているから、民は複数の神々の存在を黙認する。国内の内紛で物流が滞り、医療や食糧が行き届かなくなった。
女神に祈っても動かない国に痺れを切らし、農民を中心に決起したのだ。信者を救わない神も、民を見捨てる執政者も同じだと、怒りの拳を振り上げた。
「支援物資です。対価はいりませんが、平等に分けてくださいね。明日は炊き出しを行います。鍋か器を持ってきてください」
隣国リクニスから訪れた少女は、複数の荷馬車を率いて現れた。王侯貴族の支援金を物資に替え、笑顔で人々に渡していく。どの神を信じるか、尋ねることはしなかった。
ピンクの髪と水色の瞳をもつ少女は、隣国リクニスの聖女らしい。リクニスの聖女が名誉職だと知っているが、実際の行いが聖女そのものだ。利害関係のない他国の、信じる神も違う人々に食糧や薬を配る。
あっという間に話題になり、噂となって国中を駆け抜けた。内紛で荒れた人々の心に、聖女という存在が染み込んでいく。じわじわと、中毒性のある薬物のように。思考と感情を蝕んだ。
「貴様が聖女を騙る女か!」
持ちやすいよう包んだパンを渡していたピンク髪の少女に、教皇派の神聖騎士が詰め寄る。驚いた顔をしたものの、小さな子にパンを手渡してから顔を上げた。
「リクニスから参りました、ビオラです」
きちんと挨拶する。その際に聖女だとは名乗らなかった。にも関わらず、騎士は乱暴に彼女の腕を引っ張る。捕える気だ。察知した民がざわついた。神聖騎士は教皇の命令で、いつでも動く。裕福な商人を冤罪で投獄し、その財産を奪った事件もあった。
あの子がどんな目に遭わされるか! 聖女でなくとも、民を救った子だ。このまま見捨てたら、慈愛を説く女神エキナセアに顔向けできない。
「痛いっ、やめてください」
振り解こうと動いたビオラに、騎士が腕を振り上げた。そこで民の怒りが爆発する。
「ビオラちゃんに何をする!」
「そうだ! お前らの代わりにパンを届けたんだぞ!!」
「教皇が何をしてくれた!?」
猊下の敬称を付けずに叫び、騎士に飛び掛かる人が現れた。振り払ったものの、数の多さに押され、追い払われる。庇って殴られた人を手当する少女の姿に、人々は伝説の聖女の影を重ねた。
270
お気に入りに追加
700
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「アンジェリーナ・ナイトレイ。貴様との婚約を破棄し、我が国の聖女ミサキを害した罪で流刑に処す」
物語でよくある婚約破棄は、王族の信頼を揺るがした。婚約は王家と公爵家の契約であり、一方的な破棄はありえない。王子に腰を抱かれた聖女は、物語ではない現実の残酷さを突きつけられるのであった。
★公爵令嬢目線 ★聖女目線、両方を掲載します。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
2023/01/11……カクヨム、恋愛週間 21位
2023/01/10……小説家になろう、日間恋愛異世界転生/転移 1位
2023/01/09……アルファポリス、HOT女性向け 28位
2023/01/09……エブリスタ、恋愛トレンド 28位
2023/01/08……完結
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
悪役令嬢が残した破滅の種
八代奏多
恋愛
妹を虐げていると噂されていた公爵令嬢のクラウディア。
そんな彼女が婚約破棄され国外追放になった。
その事実に彼女を疎ましく思っていた周囲の人々は喜んだ。
しかし、その日を境に色々なことが上手く回らなくなる。
断罪した者は次々にこう口にした。
「どうか戻ってきてください」
しかし、クラウディアは既に隣国に心地よい居場所を得ていて、戻る気は全く無かった。
何も知らずに私欲のまま断罪した者達が、破滅へと向かうお話し。
※小説家になろう様でも連載中です。
9/27 HOTランキング1位、日間小説ランキング3位に掲載されました。ありがとうございます。
舞台装置は壊れました。
ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。
婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。
『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』
全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り───
※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます
2020/10/30
お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o)))
2020/11/08
舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる