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37.戦いの回避が優先

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 もし首が血塗れで、涙の跡が残る悲惨な状態で届いていたら……ホスタ王国は話し合いに応じなかった。リクニス国で罪人であっても、ホスタ王国の王族であった女性の尊厳を守る。国家転覆を目論んだ罪に問われても、その遺体を返却する以上、ホスタ王国への礼儀を忘れない。

 ティアレラの考え方の基礎は、日本人だった記憶が影響していた。もし転生時に前世の記憶がなければ、そのまま首を送りつけただろう。良い方向へ働いた配慮に、カレンデュラは頬を緩めた。

「私どもが求めるのは、先代国王陛下によるリクニス国への冤罪を晴らすこと。正式な国家としての謝罪と、今後の国交への前向きな話し合いです。いかがでしょうか」

 先代という部分で、王妃はきゅっと唇を引き結んだ。すでに情報は入っていると示し、先代がやらかしたことだから冤罪を認めろと迫る。飴と鞭が混在した要求の形として、目に見える謝罪を求めた。だが断罪だけでなく、今後の展開をちらつかせて妥協を引き出す。

 カレンデュラの言葉を最後まで聞いて、王妃は目を閉じた。考える間、右手の指が左二の腕を叩く。指先が何度も上下し、その時間は沈黙が部屋を支配した。自分の感情ではなく、国のために何が必要か。どこで妥協し、どこを守るべきか。

 持ち帰って王太子である息子に相談するのも一つの手だ。もちろん、それをしたらカレンデュラは別の手を打つ。それも想像がついたのだろう。王妃は目を開いて口角を持ち上げた。

「戦いを回避し、ホスタ王国を衰退させないために……私が選ぶべき手は一つよ」

 暴君だった夫から権力を奪い、息子を王にする。すでに先代国王と称したことで、リクニス国はその叛逆を認めた。戦って攻め込む方法もあったのに……。

 王妃の視線の先で、騎士として成り行きを見守る黒髪の青年は公爵令嬢を見つめる。彼が強大な帝国の嫡子であることは、入室してすぐに気づいた。彼が戦いを望むのか、見極める意味もあって指摘しなかった。

 カレンデュラは本心から、この和解を受け入れる未来を望んでいる。そう確信し、ユーフォルビアは細く長い息を吐いた。

「先に仕掛けたのは、先代王の責任です。申し訳ないことをした上、止められなかった私にも責任がありますわ。私が王家に嫁いだ際に持参した資産に、金鉱山があります。そちらをお譲りしましょう」

 用意してきた地図を広げ、位置を示す。緩衝地帯の森に近い場所で、人が住む領地から少し距離があった。賠償金として差し出し、その上で責任を認めた。正式な謝罪は今後行われるが、国王同士が書面として交わすのがルールだった。

 この場でできる交渉は、基本となる道筋を確認すること。受け入れると決まった以上、詳細を詰めるのは外交担当の大使や大臣の仕事だった。ホスタ王国は新たな王の元で、立て直しが始まる。

「ところで……一つ教えてほしいの」

「はい、何でしょう」

 ユーフォルビアは、カレンデュラに顔を寄せて机に身を乗り出す。応じるように近づいた公爵令嬢の耳に、王妃はひそりと告げた。

「ドレスはこちらで着替えたの?」

「ふふっ、国交が正常化したらお教えますわ」

 今は秘密です。そう笑ったカレンデュラに、ユーフォルビアは肩を竦める。この後、また横乗りで馬車の通れる道まで戻ることを想像し、溜め息もこぼれた。
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