37 / 100
37.戦いの回避が優先
しおりを挟む
もし首が血塗れで、涙の跡が残る悲惨な状態で届いていたら……ホスタ王国は話し合いに応じなかった。リクニス国で罪人であっても、ホスタ王国の王族であった女性の尊厳を守る。国家転覆を目論んだ罪に問われても、その遺体を返却する以上、ホスタ王国への礼儀を忘れない。
ティアレラの考え方の基礎は、日本人だった記憶が影響していた。もし転生時に前世の記憶がなければ、そのまま首を送りつけただろう。良い方向へ働いた配慮に、カレンデュラは頬を緩めた。
「私どもが求めるのは、先代国王陛下によるリクニス国への冤罪を晴らすこと。正式な国家としての謝罪と、今後の国交への前向きな話し合いです。いかがでしょうか」
先代という部分で、王妃はきゅっと唇を引き結んだ。すでに情報は入っていると示し、先代がやらかしたことだから冤罪を認めろと迫る。飴と鞭が混在した要求の形として、目に見える謝罪を求めた。だが断罪だけでなく、今後の展開をちらつかせて妥協を引き出す。
カレンデュラの言葉を最後まで聞いて、王妃は目を閉じた。考える間、右手の指が左二の腕を叩く。指先が何度も上下し、その時間は沈黙が部屋を支配した。自分の感情ではなく、国のために何が必要か。どこで妥協し、どこを守るべきか。
持ち帰って王太子である息子に相談するのも一つの手だ。もちろん、それをしたらカレンデュラは別の手を打つ。それも想像がついたのだろう。王妃は目を開いて口角を持ち上げた。
「戦いを回避し、ホスタ王国を衰退させないために……私が選ぶべき手は一つよ」
暴君だった夫から権力を奪い、息子を王にする。すでに先代国王と称したことで、リクニス国はその叛逆を認めた。戦って攻め込む方法もあったのに……。
王妃の視線の先で、騎士として成り行きを見守る黒髪の青年は公爵令嬢を見つめる。彼が強大な帝国の嫡子であることは、入室してすぐに気づいた。彼が戦いを望むのか、見極める意味もあって指摘しなかった。
カレンデュラは本心から、この和解を受け入れる未来を望んでいる。そう確信し、ユーフォルビアは細く長い息を吐いた。
「先に仕掛けたのは、先代王の責任です。申し訳ないことをした上、止められなかった私にも責任がありますわ。私が王家に嫁いだ際に持参した資産に、金鉱山があります。そちらをお譲りしましょう」
用意してきた地図を広げ、位置を示す。緩衝地帯の森に近い場所で、人が住む領地から少し距離があった。賠償金として差し出し、その上で責任を認めた。正式な謝罪は今後行われるが、国王同士が書面として交わすのがルールだった。
この場でできる交渉は、基本となる道筋を確認すること。受け入れると決まった以上、詳細を詰めるのは外交担当の大使や大臣の仕事だった。ホスタ王国は新たな王の元で、立て直しが始まる。
「ところで……一つ教えてほしいの」
「はい、何でしょう」
ユーフォルビアは、カレンデュラに顔を寄せて机に身を乗り出す。応じるように近づいた公爵令嬢の耳に、王妃はひそりと告げた。
「ドレスはこちらで着替えたの?」
「ふふっ、国交が正常化したらお教えますわ」
今は秘密です。そう笑ったカレンデュラに、ユーフォルビアは肩を竦める。この後、また横乗りで馬車の通れる道まで戻ることを想像し、溜め息もこぼれた。
ティアレラの考え方の基礎は、日本人だった記憶が影響していた。もし転生時に前世の記憶がなければ、そのまま首を送りつけただろう。良い方向へ働いた配慮に、カレンデュラは頬を緩めた。
「私どもが求めるのは、先代国王陛下によるリクニス国への冤罪を晴らすこと。正式な国家としての謝罪と、今後の国交への前向きな話し合いです。いかがでしょうか」
先代という部分で、王妃はきゅっと唇を引き結んだ。すでに情報は入っていると示し、先代がやらかしたことだから冤罪を認めろと迫る。飴と鞭が混在した要求の形として、目に見える謝罪を求めた。だが断罪だけでなく、今後の展開をちらつかせて妥協を引き出す。
カレンデュラの言葉を最後まで聞いて、王妃は目を閉じた。考える間、右手の指が左二の腕を叩く。指先が何度も上下し、その時間は沈黙が部屋を支配した。自分の感情ではなく、国のために何が必要か。どこで妥協し、どこを守るべきか。
持ち帰って王太子である息子に相談するのも一つの手だ。もちろん、それをしたらカレンデュラは別の手を打つ。それも想像がついたのだろう。王妃は目を開いて口角を持ち上げた。
「戦いを回避し、ホスタ王国を衰退させないために……私が選ぶべき手は一つよ」
暴君だった夫から権力を奪い、息子を王にする。すでに先代国王と称したことで、リクニス国はその叛逆を認めた。戦って攻め込む方法もあったのに……。
王妃の視線の先で、騎士として成り行きを見守る黒髪の青年は公爵令嬢を見つめる。彼が強大な帝国の嫡子であることは、入室してすぐに気づいた。彼が戦いを望むのか、見極める意味もあって指摘しなかった。
カレンデュラは本心から、この和解を受け入れる未来を望んでいる。そう確信し、ユーフォルビアは細く長い息を吐いた。
「先に仕掛けたのは、先代王の責任です。申し訳ないことをした上、止められなかった私にも責任がありますわ。私が王家に嫁いだ際に持参した資産に、金鉱山があります。そちらをお譲りしましょう」
用意してきた地図を広げ、位置を示す。緩衝地帯の森に近い場所で、人が住む領地から少し距離があった。賠償金として差し出し、その上で責任を認めた。正式な謝罪は今後行われるが、国王同士が書面として交わすのがルールだった。
この場でできる交渉は、基本となる道筋を確認すること。受け入れると決まった以上、詳細を詰めるのは外交担当の大使や大臣の仕事だった。ホスタ王国は新たな王の元で、立て直しが始まる。
「ところで……一つ教えてほしいの」
「はい、何でしょう」
ユーフォルビアは、カレンデュラに顔を寄せて机に身を乗り出す。応じるように近づいた公爵令嬢の耳に、王妃はひそりと告げた。
「ドレスはこちらで着替えたの?」
「ふふっ、国交が正常化したらお教えますわ」
今は秘密です。そう笑ったカレンデュラに、ユーフォルビアは肩を竦める。この後、また横乗りで馬車の通れる道まで戻ることを想像し、溜め息もこぼれた。
277
お気に入りに追加
695
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
【完結】薔薇の花をあなたに贈ります
彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。
目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。
ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。
たが、それに違和感を抱くようになる。
ロベルト殿下視点がおもになります。
前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!!
11話完結です。
【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「アンジェリーナ・ナイトレイ。貴様との婚約を破棄し、我が国の聖女ミサキを害した罪で流刑に処す」
物語でよくある婚約破棄は、王族の信頼を揺るがした。婚約は王家と公爵家の契約であり、一方的な破棄はありえない。王子に腰を抱かれた聖女は、物語ではない現実の残酷さを突きつけられるのであった。
★公爵令嬢目線 ★聖女目線、両方を掲載します。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
2023/01/11……カクヨム、恋愛週間 21位
2023/01/10……小説家になろう、日間恋愛異世界転生/転移 1位
2023/01/09……アルファポリス、HOT女性向け 28位
2023/01/09……エブリスタ、恋愛トレンド 28位
2023/01/08……完結
その聖女、娼婦につき ~何もかもが遅すぎた~
ノ木瀬 優
恋愛
卒業パーティーにて、ライル王太子は、レイチェルに婚約破棄を突き付ける。それを受けたレイチェルは……。
「――あー、はい。もう、そういうのいいです。もうどうしようもないので」
あっけらかんとそう言い放った。実は、この国の聖女システムには、ある秘密が隠されていたのだ。
思い付きで書いてみました。全2話、本日中に完結予定です。
設定ガバガバなところもありますが、気楽に楽しんで頂けたら幸いです。
R15は保険ですので、安心してお楽しみ下さい。
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる