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32.先手を打たれたわ

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「あらまあ……」

「これは、先手を打たれてしまいましたわ」

 ティアレラと並んで親書を読むカレンデュラが、苦笑いを浮かべる。親書のあて先は国王フィゲリウスになっていた。さっと目を通した手紙を、重鎮を集めた場で披露する。若き公爵家の令嬢や令息、辺境伯家の嫡子も集めての公表だった。

は国王が下種で、王妃様はご立派でしたのね」

「もう少し柔らかく頼む。フィゲリウスの髪が抜けてしまうぞ」

 辛辣な言い方で、こちらは逆でしたのに……と匂わせる娘に、父デルフィニューム公爵が取りなす。友人オスヴァルドの庇う姿勢に、胃を押さえながら国王は力なく笑った。もう無礼だの失礼だのと噛みつく気も起きない。

 後手に回るたび、姪であるカレンデュラが先回りするのだ。彼女の方が国主の才能があるのではないか、と嘆いたのは昨夜だった。まだ記憶に新しい無様な吐露を、オスヴァルドが宥めて立て直したばかり。これ以上のダメージは、胃だけでなく頭皮にもよくない。

 意味ありげに王の頭に向けた視線を、カレンデュラはそっと逸らした。逆に傷つく、とフィゲリウスが溜め息を吐く。

「ホスタ王国の国王陛下がご乱心、代替わりをするため話し合いの場を設けてほしい……罠の可能性はどのくらいでしょう」

 ティアレラは懸念を表明した。そもそも先代ホスタ国王が騒動を大きくし、リクニス国の支配を企んだ。強引に内側に入り込み、無理やり関与して他国の有り様を歪める。そんな手段を選んだ男の息子が、まともなのか。

 もっともな意見だった。カレンデュラも、無条件で信じるわけではない。現在時点で入った情報から判断し、事実上の叛乱だったと認識した。

「ホスタ国王にとって、なんとも皮肉な結果だな」

 コルジリネはそう口にして、にやりと笑った。自国内で王を排除し、王太子と王妃が結託して地位を奪う。リクニス国に対して仕掛けた罠が、そっくり自国へ跳ね返った。

 第三王女ミューレンベルギアの死は、母である王妃や兄王子を動かし、最後にこの国を救ったのだ。複雑そうに感慨に浸る大人を横目に、若い世代はその先を考え始めていた。

「会談の場は我が領地にしましょう」

「そうね、カージナリス辺境伯領が発端ですもの。同じ場で決着をつければいいわ」

 女性陣の間で話が決まっていき、男性陣はそこに補足する。

「タンジー公爵領から応援を出そう」

「いや、逆に警戒させると話が拗れる。私も君もいない方がいいかもな」

 戦盤に強い二人の話に、カレンデュラが口を挟んだ。戦盤でも最強の美女は、扇を広げてにやりと笑う。

「交渉には、ホスタ王国の王妃殿下がおいでになるそうよ。こうなったら、私が出るのが筋よね」

 リクニス国の女性貴族最高位、王家の血を引く公爵令嬢――カレンデュラは交渉役を買って出た。

「ここは陛下か父上に任せてもいいのでは?」

 なんとかして妨害したい婚約者の思惑を、彼女は高笑いで跳ね除けた。

「おほほっ、何をおっしゃるの。実力と地位を兼ね備えた相応しい人物が、私以外にいて? 譲りませんわよ」

 両手を挙げ、降参だと示したコルジリネの意識はここで切り替わる。どうやって交渉団に交ざるか、その算段を始めた。
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