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05.被害者だけなのに大人数
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夜会はそのまま続く。王子一人がやらかしても、各地から集まった貴族が解散する理由にはならないからだ。彼らは己の領地の繁栄に必要な、大切な商談のために集まった。王子の件は王家と当事者に任せ、自分達は顔繋ぎや社交に勤しむ。
貴族の社交には、縁組も含まれている。息子や娘のお相手探しに、うっかりあの王子が交じらなくてよかった。胸を撫で下ろしながら、交流は順調に行われる。
「状況説明が必要でしょうか? 国王陛下……いいえ、フィゲリウス伯父様」
わざと私的な呼び方に直したカレンデュラに、国王は苦笑いする。社交も礼儀作法も、何一つ敵わない愚息を連れ出すよう命じた。
「我らはあちらで話そう」
仮にも一国の王が、人前で謝罪はできない。場を改めようと提案するのは、至極当然だった。幸いにも王子ローランドのやらかしは、冤罪や勘違いと知れ渡っている。そうでなければ、コルジリネが名誉回復を求めただろう。
当事者だけの会合だが、集まった人数は多かった。王族用の控え室は広めに作られているが、それでも人口密度が高いと感じてしまう。被害者が四人、その婚約者と両親、記録する文官が二カ国、護衛も双方並んだ。
名誉棄損された最初の被害者は、リクニス国のデルフィニューム公爵令嬢カレンデュラだ。彼女の婚約者でエスコートした隣国セントーレア帝国皇太子コルジリネも、その意味では同じだろう。いきなり婚約者である令嬢を呼び捨てて婚約破棄を突きつけたのだ。正式な謝罪を要求する権利はある。
聖女ビオラも被害者の一人だ。神官ルピナスと婚約している彼女は、今後も教会で働く予定だった。聖職者であっても結婚が許されているため、夫婦で神に仕えるつもりだ。記念に参加した夜会で突然捕まり、王太子に腰を抱かれ胸や腕にべたべたと触られた被害を訴えた。
カージナリス辺境伯家に至っては、一人娘が次期当主だ。王家に嫁に出せる筈がなく、侯爵家から婿養子を取る許可も得ていた。社交と顔見せに訪れた夜会で、名を名乗れとは不遜に過ぎる。辺境伯家は侯爵家と同等の家格を誇る実力者だった。その次期当主の顔を王族が知らないなど、問題だらけである。
腰に手を当てて眉根を寄せるのは、タンジー公爵家のクレチマスだ。幼い頃養子に入った彼は、自らの才覚で義妹の婚約者の地位を得た。次期公爵であり、同時にタンジー公爵珠玉の姫君を守る騎士だ。己の色を纏ったリッピアを泣かせた王子に憤慨していた。
当事者はここまで、と言いたいところだが……残念ながらまだいる。夜会に参加したそれぞれの家族だ。デルフィニューム公爵、タンジー公爵夫妻、聖女ビオラを養女にしたラックス男爵夫妻が該当した。各家の護衛騎士も壁際に控えるため、とにかく人数が多い。
ある意味、この大人数に迷惑を掛けたと考えるなら……王子の阿呆も一つの才能だ。
「伯父様、どのような教育をしたらあのような阿呆が育つのですか」
呆れたと滲ませながら、カレンデュラが扇をひらりと揺らす。鮮やかに染まった唇がきゅっと引き締められた。濃色のドレスに合わせ、深い赤の紅が引かれている。
「まず謝らせてくれ。我が息子が皆に失礼をした。申し訳ない。コルジリネ皇太子も一度収めてくれないか」
「最愛の姫を貶められて引き下がれ、と?」
そんな教育は受けていません。ぴしゃりと否定した皇太子に、国王陛下は大きく肩を落とした。
貴族の社交には、縁組も含まれている。息子や娘のお相手探しに、うっかりあの王子が交じらなくてよかった。胸を撫で下ろしながら、交流は順調に行われる。
「状況説明が必要でしょうか? 国王陛下……いいえ、フィゲリウス伯父様」
わざと私的な呼び方に直したカレンデュラに、国王は苦笑いする。社交も礼儀作法も、何一つ敵わない愚息を連れ出すよう命じた。
「我らはあちらで話そう」
仮にも一国の王が、人前で謝罪はできない。場を改めようと提案するのは、至極当然だった。幸いにも王子ローランドのやらかしは、冤罪や勘違いと知れ渡っている。そうでなければ、コルジリネが名誉回復を求めただろう。
当事者だけの会合だが、集まった人数は多かった。王族用の控え室は広めに作られているが、それでも人口密度が高いと感じてしまう。被害者が四人、その婚約者と両親、記録する文官が二カ国、護衛も双方並んだ。
名誉棄損された最初の被害者は、リクニス国のデルフィニューム公爵令嬢カレンデュラだ。彼女の婚約者でエスコートした隣国セントーレア帝国皇太子コルジリネも、その意味では同じだろう。いきなり婚約者である令嬢を呼び捨てて婚約破棄を突きつけたのだ。正式な謝罪を要求する権利はある。
聖女ビオラも被害者の一人だ。神官ルピナスと婚約している彼女は、今後も教会で働く予定だった。聖職者であっても結婚が許されているため、夫婦で神に仕えるつもりだ。記念に参加した夜会で突然捕まり、王太子に腰を抱かれ胸や腕にべたべたと触られた被害を訴えた。
カージナリス辺境伯家に至っては、一人娘が次期当主だ。王家に嫁に出せる筈がなく、侯爵家から婿養子を取る許可も得ていた。社交と顔見せに訪れた夜会で、名を名乗れとは不遜に過ぎる。辺境伯家は侯爵家と同等の家格を誇る実力者だった。その次期当主の顔を王族が知らないなど、問題だらけである。
腰に手を当てて眉根を寄せるのは、タンジー公爵家のクレチマスだ。幼い頃養子に入った彼は、自らの才覚で義妹の婚約者の地位を得た。次期公爵であり、同時にタンジー公爵珠玉の姫君を守る騎士だ。己の色を纏ったリッピアを泣かせた王子に憤慨していた。
当事者はここまで、と言いたいところだが……残念ながらまだいる。夜会に参加したそれぞれの家族だ。デルフィニューム公爵、タンジー公爵夫妻、聖女ビオラを養女にしたラックス男爵夫妻が該当した。各家の護衛騎士も壁際に控えるため、とにかく人数が多い。
ある意味、この大人数に迷惑を掛けたと考えるなら……王子の阿呆も一つの才能だ。
「伯父様、どのような教育をしたらあのような阿呆が育つのですか」
呆れたと滲ませながら、カレンデュラが扇をひらりと揺らす。鮮やかに染まった唇がきゅっと引き締められた。濃色のドレスに合わせ、深い赤の紅が引かれている。
「まず謝らせてくれ。我が息子が皆に失礼をした。申し訳ない。コルジリネ皇太子も一度収めてくれないか」
「最愛の姫を貶められて引き下がれ、と?」
そんな教育は受けていません。ぴしゃりと否定した皇太子に、国王陛下は大きく肩を落とした。
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