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番外編

1-1.泣き虫は幼い姉が大好き

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 元気に駆けていく幼子が、突然躓いた。両手をつく間もなく、顔から転ぶ。

「うわぁああああぁ!」

 痛いと大泣きする我が子に、慌てて駆け寄る。

「大丈夫? マリユス」

 手を差し伸べた私の隣から、ワンピースの子供が顔を覗かせる。大泣きする弟を立たせ、顔についた芝を払い、持っていたハンカチで顔を拭いた。手際のいい姉の行動に、マリユスは泣き止もうと努力する。

 しゃくりあげるマリユスの鼻を拭いてやり、ケガはなさそうと笑う娘の頭を撫でた。

「ありがとう、ミレイユ。ほら、マリユスもお礼を言いなさい」

「あん、と」

 やっと言葉を覚えたばかりの息子は、ぺこりと頭を下げる。幼児特有の頭の大きさに、前に転がるのではないかと手を差し伸べてしまった。勢いよく前に倒れた頭が起き上がり、にへらと笑うマリユスが姉に抱きつく。

「ああ、汚れてしまうわ」

「いいのよ。お母様、あとで着替えるから」

 それもそうね。どちらにしろ、父親であるエル様が戻るのに合わせて、着替える必要があった。今日は二人の伯父に当たる国王陛下の訪問が予定されている。綺麗に飾ってお迎えするのよ、と朝話したばかりだった。

 ミレイユと話している間に、よちよちとマリユスが歩き始める。不安定な走り方で、また何かを追いかけ始めた。先ほどから庭を舞う蝶々が気になっているようで。また転ぶのでは? と心配した矢先に足が絡れる。

「ああっ!」

「危ないですよ、若君」

 支えてくれたのは、ナタリーだ。彼女も同僚の騎士と結婚し、先日まで休暇をとっていた。新婚早々、夫婦で護衛に戻ってくれたナタリー達は、今日も私の側に控えていた。さすがに二度目の転倒を防ぐべく、素早く動いて抱き止める。

 きょとんとした顔のマリユスは、ナタリーの顔を見つめた。彼にしたら、知らない女性が抱っこしようとしている状況だ。まだ幼いため、しばらく休んでいたナタリーを覚えていなかった。

「う? うぅ……ねぇ」

 首を傾げた後、きょろきょろと誰かを探し、姉ミレイユへ手を伸ばした。姉様と呼べず、ねぇと呼びかけるような響きになる。マリユスが転ぶ状況ではないので、ミレイユは手前で「どうしたの」と声をかけた。

「うぁっ、ああああぁ」

 転んだ時同様、大泣きし始めるマリユスは地団駄を踏むように足を動かす。体を揺すって、気に入らないと訴えた。ナタリーは困ったような顔で助けを求め、ミレイユが代わりを引き受ける。

 姉が手を握ると、ぴたりと泣き止んだ。三つ年上の姉が大好きなマリユスは、頬を濡らしたまま満面の笑みで飛びつく。ぐりぐりと頭を揺らし、頬の涙を姉のワンピースで拭った。

「あらあら、困ったこと。もう着替えたほうがいいわね」

 嫌がらずに弟を受け止めるミレイユが促し、マリユスは大人しく手を繋いだ。大きく左右に揺れる不安定な歩き方で、屋敷の方へ向かう。蝶々から気が逸れたようだ。

「私より、ミレイユの方が母親みたい」

 呟くと、後ろで日傘を持つクロエが「本当ですね」と相槌を打った。そこは否定してくれるところじゃないかしら? まあ、今の姿を見れば、否定できないわね。助けを求める先が母親である私じゃなく、幼い姉なんだもの。
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