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80.夜明けを待つ苦痛 ***SIDEフェルナン

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 薬草摘みは危険な仕事ではない。領地内の森の入り口付近にしか立ち入らない上、護衛に騎士を八名も手配した。考えなしに森の奥へ入るような女性ではないため、特に言い聞かせもしなかった。

 視察と重なったのは残念だが、侍女のセリア経由で事情は聞いている。誕生日に手作りのお菓子やパンを振る舞うため、ベリーを採りにいくのだと。そう言われたら、無理に日をずらして同行したいと言えなかった。

 視察から帰った私は、まだ彼女が帰っていないことに驚く。心配で玄関ホールの長椅子に腰掛けた。執事達も不安そうだ。そこへ何者かに襲撃されたと知らせる騎士が駆け込む。

「襲撃に使われた矢から判断して、ロラン帝国の兵だと思われます」

 領地内に帝国の兵が侵入している。その攻撃が最愛の婚約者に迫っていると聞いて、頭に血が上った。カッとして目の前が赤く歪む。すぐに馬を引くよう命じた私に、執事と騎士達が進言した。見知らぬ土地で敵も動けないはず、明け方に合流するべきだと。

 夜明けまでの数時間を利用し、兵を集める。驚くことに、夜中の酒場からも志願者が駆けつけた。中には頭から水を被って酔いを覚ました男もいる。食堂の女将さんは夫や兄弟の尻を叩き、農家の妻達も積極的に送り出す。

 この数年で、アンジェルが領地内で築いた信頼の証だった。未来の領主夫人ではなく、いつも気持ちよく手伝い、遊びに来て楽しみ、自分達を平等に扱ってくれる娘さん。そんな印象なのだろう。

 彼女の危機とあれば、一族総出で駆けつけると叫んだパン屋の女将さんは、鉄鍋を被って自分も参戦するつもりらしい。さすがに周囲に諦めろと説得された。過去にこれほど愛される貴族女性がいただろうか。モンターニュの貴族の歴史が変わりそうだ。

「絶対に助け出す。私に続け!」

 おおおぉ! 手にした槍や剣、中には鍬や鎌まで持ち出した民が声を上げる。先頭を切って馬で走る一団は私が指揮をする。後ろに続く歩兵や民兵は、数名の騎士に任せた。

 領地を守る衛兵は残し、軍馬は一気に森へ走り出す。馬車が壊れ、野宿をしたと聞いた。使者に立った騎士の話では、大きなケガはないという。だがこの目で確かめるまで安心は出来なかった。

 ロラン帝国が国ごと攻めてこようと、必ず守り抜く。決意を新たに握る手綱が食い込んだ。全力で走る馬の背で、姿勢を低くして抵抗を減らす。一歩でも一呼吸でも速く! 主人の思いに応えるように、愛馬は力強く大地を蹴る。

 森の入り口が見えて、周囲に目を走らせた。包囲されるほどの大軍はいない。ならば矢に注意しながら、野営地まで一気に進もうと馬に合図を送った。後ろの騎士も含め、鎧を着込んでいる。多少の攻撃なら弾くと判断し、轍の残る道へ突っ込んだ。

「助けてっ! エル様ぁ!!」

 アン? 今の叫び声は間違いない。空耳ではないと、馬首を左へ向ける。低木の茂みを飛び越えた先に、背に矢を受けた騎士を見つけた。軽い革鎧は、警護に出た騎士の装備だ。 

「アン!」

 倒れた騎士が身じろぎし、片手を挙げた。ナタリーの陰で、守られる少女が見える。そこへ攻撃を仕掛けようとする敵が見えて、音が消えた。時間がゆっくり流れる。抜いた短剣を投げつけ、続いて大剣の鞘を払った。

 向かってくる敵を三人ほど切り捨てる。馬から飛び降り、さらに二人を黙らせた。直後、ようやく音と時間が戻ってくる。

「エル様っ!」

 私を呼ぶ声に振り返り、手を伸ばす愛しい人に目元を和らげた。
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