77 / 97
77.混乱して冷静になる
しおりを挟む
ぶつかった瞬間は、何に叩きつけられたのか分からない。痛みに呻いて、上から覆い被さったクロエの温もりを感じた。瞬きの時間すら長く思える時間が過ぎて、ゆっくり私は動く。
覆い被さる人がクロエだと認識したのも、この時だった。彼女は柑橘系の香りを纏うことが多く、鼻に届いた匂いで判断する。
「クロエ」
呼んでみるが、彼女は動かなかった。返事もないことに恐怖が膨らむ。でも彼女は温かい。手を伸ばして触れた肌のぬくもりに安心した。
動く左手で私の顔の横にある床を撫でる。床だと思ったのは、壁面だったみたい。カーテンとその奥に触れたら、ちくりと指先に痛みが走った。もしかして窓が割れているのかも。
それ以上触れるのをやめ、一緒に乗った他の侍女の名を呼んだ。
「セリア、コレット、デジレ」
誰の返事もない。不安がどんどん膨らみ始めた。冷静さが失われていく。もし無事な人がいたら、私に声をかけたはずよ。だって私がそうしたんだもの。ならば、返事がない彼女達は無事じゃないってこと?
「だ、誰か……」
叫ぼうとした私の口を、誰かの手が塞いだ。
「しっ、姫様。声を小さく」
クロエだ。囁くような声量に、騒いではいけないのだと理解した。幼い頃から一緒だったクロエが無事だったことに、不思議なほど気持ちが落ち着く。深呼吸して、王族教育の一節を思い浮かべた。
何者かに襲撃された時は、騎士や使用人の指示に従い、生き残ることだけを考える。万が一自分だけが生きている状況に陥ったら、安全な場所を見つけるまで動き回らない。
大丈夫、まだ頭は回る。私はエル様の妻になるんだから、取り乱したらみっともないわ。戦上手で名を馳せる婚約者が、すぐに助けに来てくれる。自分に言い聞かせて、小さな声で返事をした。
「ありがとう、クロエ。冷静になったわ」
外の騎士はどうなったのか。音が聞こえないのは、どんな状況が考えられる? すでに全滅したのなら、私は一時的に気を失った可能性があった。別の理由で馬車から離れたのかも。助けを呼びに行ったとか、囮となって敵から引き離した場合も。
裏切ったとは思わないし、見捨てられた心配はしないわ。それが王族である意味だから。国民の為に身を捧げることはあっても、絶対に疑わない。結婚するまで、私は隣国アルドワン王国の王女だった。この身には価値がある。敵がいても簡単に殺されることはないでしょう。
モンターニュとの間に諍いを起こすつもりなら、とっくに私は殺されているはず。湖にいた時の方が襲撃しやすかった。それなのに襲われなかったのは、帰り道を狙って罠を仕掛けたのよね。
ずっと仮説を立てて考え続けた。一度でも立ち止まれば、動けなくなる。クロエが身を起こすのが振動で伝わった。のしかかる重さが軽減され、すぐに頭の上の布が取り払われた。見慣れた柄の膝掛けだ。
伸ばされた腕に手を重ね、起き上がった。馬車がぐらりと揺れる。怖くなるが、クロエは私から視線を逸さなかった。吸い込まれるように視線を重ね、馬車から出る。
想像したより、外は暗くなっていた。
覆い被さる人がクロエだと認識したのも、この時だった。彼女は柑橘系の香りを纏うことが多く、鼻に届いた匂いで判断する。
「クロエ」
呼んでみるが、彼女は動かなかった。返事もないことに恐怖が膨らむ。でも彼女は温かい。手を伸ばして触れた肌のぬくもりに安心した。
動く左手で私の顔の横にある床を撫でる。床だと思ったのは、壁面だったみたい。カーテンとその奥に触れたら、ちくりと指先に痛みが走った。もしかして窓が割れているのかも。
それ以上触れるのをやめ、一緒に乗った他の侍女の名を呼んだ。
「セリア、コレット、デジレ」
誰の返事もない。不安がどんどん膨らみ始めた。冷静さが失われていく。もし無事な人がいたら、私に声をかけたはずよ。だって私がそうしたんだもの。ならば、返事がない彼女達は無事じゃないってこと?
「だ、誰か……」
叫ぼうとした私の口を、誰かの手が塞いだ。
「しっ、姫様。声を小さく」
クロエだ。囁くような声量に、騒いではいけないのだと理解した。幼い頃から一緒だったクロエが無事だったことに、不思議なほど気持ちが落ち着く。深呼吸して、王族教育の一節を思い浮かべた。
何者かに襲撃された時は、騎士や使用人の指示に従い、生き残ることだけを考える。万が一自分だけが生きている状況に陥ったら、安全な場所を見つけるまで動き回らない。
大丈夫、まだ頭は回る。私はエル様の妻になるんだから、取り乱したらみっともないわ。戦上手で名を馳せる婚約者が、すぐに助けに来てくれる。自分に言い聞かせて、小さな声で返事をした。
「ありがとう、クロエ。冷静になったわ」
外の騎士はどうなったのか。音が聞こえないのは、どんな状況が考えられる? すでに全滅したのなら、私は一時的に気を失った可能性があった。別の理由で馬車から離れたのかも。助けを呼びに行ったとか、囮となって敵から引き離した場合も。
裏切ったとは思わないし、見捨てられた心配はしないわ。それが王族である意味だから。国民の為に身を捧げることはあっても、絶対に疑わない。結婚するまで、私は隣国アルドワン王国の王女だった。この身には価値がある。敵がいても簡単に殺されることはないでしょう。
モンターニュとの間に諍いを起こすつもりなら、とっくに私は殺されているはず。湖にいた時の方が襲撃しやすかった。それなのに襲われなかったのは、帰り道を狙って罠を仕掛けたのよね。
ずっと仮説を立てて考え続けた。一度でも立ち止まれば、動けなくなる。クロエが身を起こすのが振動で伝わった。のしかかる重さが軽減され、すぐに頭の上の布が取り払われた。見慣れた柄の膝掛けだ。
伸ばされた腕に手を重ね、起き上がった。馬車がぐらりと揺れる。怖くなるが、クロエは私から視線を逸さなかった。吸い込まれるように視線を重ね、馬車から出る。
想像したより、外は暗くなっていた。
247
お気に入りに追加
575
あなたにおすすめの小説
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します
佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚
不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。
私はきっとまた、二十歳を越えられないーー
一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。
二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。
三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――?
*ムーンライトノベルズにも掲載
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。
婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜
八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」
侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。
その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。
フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。
そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。
そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。
死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて……
※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる