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74.綺麗な湖で優雅に過ごす

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 到着したのは、湧き水によって作られた湖だった。大きくはないけれど、水が澄んでいる。端から流れ出した水は小川となり、途中で雪解け水や他の川を巻き込んで田畑を潤す。畑に引かれている水は、この湖から始まっていた。

 農家の人に美しい湖だと聞いて、一度見てみたいと強請ったのだ。街から離れているため、一人で訪れることは禁じられた。時間を作ったエル様が、乗馬を兼ねて連れてきてくれたのは、本当に嬉しい。

「ありがとうございます」

 滑り降りようとしたら、先にエル様が着地した。彼の腕に滑る形になり、しっかり抱き止められる。強く腕を回して、頬にキスをした。ふふっ、このくらいは私も出来るのよ。

 出かけてすぐに耳元で囁かれて赤くなったから、お返しのつもりだった。ほんのり赤くなればいいと思ったのに、まさかの真っ赤。首も顔も……熱があるかと心配になるくらい赤かった。

「エル様?」

「あ、ああ。湖は深いから入らないように」

「はい」

 何でもないと態度で示すから、頷いて女性騎士の手を取る。以前から何度か外出の護衛をしてくれた彼女は、栗色の髪と榛の瞳を持つ可愛い人だ。美人というより、可愛いの方が似合った。幼く見えるタイプかも。

「ありがとう、ナタリー」

「どういたしまして」

 返す彼女に、エル様が「私がエスコートする」と告げた。私と話す時より声が冷たい。一礼して下がるナタリーに、微笑んで声に出さない謝罪を伝えた。お気になさらずと手を振って応じるナタリーは、大人の対応だ。

 お母様が、殿方は大人になりきれないのよ、と仰ったけれど、その通りかもしれない。こんなに大人げない態度を取るなんて。でも幻滅するどころか、嬉しく感じた。きっと嫉妬よね? 私の目の前で、エル様が別の女性の手を取ったら、同じように邪魔すると思うの。

 ふふっと笑い、エル様の腕に抱きつく。モンターニュの慣習では、胸を押し付けて抱きついていい。素晴らしいわ。アルドワンだと怒られてしまうから。こうして公然と腕を絡めるスタイルは、少しお転婆な私に向いている。

 湖の水は、話に聞いたより透き通っていた。青く透き通る水を、魚がゆったりと泳いで行くのが見えた。綺麗だわ。吸い込まれそうな青は、どんな宝石にも再現できない色ね。

「気に入ったか?」

「はい、とても! 連れてきてくださり、ありがとうございます」

 エル様の笑顔に、私も満面の笑みを返した。木陰に用意された絨毯の上に座る。お茶を飲んでお菓子を摘み、せっかくなので同行した騎士も一緒に楽しんでもらった。

 楽しい一日はすぐ終わり、日暮れより早い時間に片付けが始まる。山や森には獣が出るため、日暮れ前に平地に戻るのがルールらしい。知らなかった話に耳を傾け、獣の恐ろしさや野宿の危険さを覚える。

 私には無理だから、絶対に明るいうちに森を出ないと。強くそう思った。森って綺麗なだけじゃないのね。
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