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66.寂しくても嬉しくても涙が出る

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 エル様が出発して、もう二週間も経った。手紙のやり取りは続いているけれど、昨日の分の返事がまだ届かない。いつもより遅い時間だったから? 不安を無理やり押し潰して、私は朝の支度を整えた。

 見てくれる婚約者がいないのに、頬に粉を叩いて髪を結う。褒めるエル様の声が聞こえないのに、服を選んで袖を通した。鏡の中の少女は憂鬱そうで、大きな溜め息を吐く。

 並んだ朝食は美味しいが、喉を通らなかった。もしエル様に何かあったら。帰ってこなかったら。想像するだけで涙が溢れそうだ。滲んだ涙を誤魔化すために紅茶に口をつけた。普段より蜂蜜をたっぷり。

「大変です、お嬢様! いま、玄関にっ!」

 落ち着いて何でもこなす執事が、大慌てで駆け込んだ。息を切らした姿に、何があったのかと首を傾げる。彼はまだ息が整わないので、立ち上がって玄関へ向かった。残した食事は申し訳ないけれど、言い訳にちょうどいい。

 玄関へ向かう途中で、数人の侍女が涙を拭いていた。悪い知らせなの? 怖くなって足が竦む。一歩が怖かった。

「姫様、俯いてはなりません」

 クロエが厳しい口調で、前へ進めと促す。深呼吸して顔を上げた私は、最後の角を曲がった。見えた人影を凝視する。目の奥が熱くなり、視界が揺れてよく見えなくなった。

 鼻を啜って数歩、そこから全力で走る。前が見えないけれど、そんなこと問題じゃなかった。だって、今……!

「お、かえりっ、なさい! エル様、える、さまぁ」

「ただいま戻った、アン。安心してくれ、皆は無事だ」

 転びそうになった私をエル様が抱き上げる。この腕はエル様だ。この砦に来て三日で覚えた、大好きな人の香りと腕。温かいエル様の腕が私を抱っこしている。

 髪を撫でるエル様は、髪飾りが取れてしまったと苦笑いをしたみたい。でも泣いている私の目にはよく見えなかった。髪飾りをクロエに預け、頬をぺたりとくっつける。ただただ嬉しくて、ケガがないか確かめるために触れる。

 少しして落ち着いてきた。何度も瞬きした目から涙が落ちて、玄関の扉が開いたままなのに気づく。外で待つ騎士や兵士から丸見えだった。恥ずかしいと思うけれど、また同じ場面になったら同じように抱きつくわ。

「アルドワン王国の家族も無事だ」

「あり、がと……ござい、ます」

 しゃくりあげながらお礼を告げ、執事に促されて食堂へ移動となった。まだ朝食を食べていないのね。

「急いで飛ばしていたので、昨日の返事が出せなかった。すまない」

 首を横に振る。帰ってきてくれたのが嬉しいから、それ以上は何も求めない。食堂でもお膝の上から降りず、ずっと抱きついていた。騎士や兵士にも料理が振る舞われ、給料をもらったら解散となる。中には先に給料をもらって、家族の元へ走っていく人もいた。

 どの家も、今夜は安心して眠れる。大切な家族が帰ってきたんだもの。

 豪快に朝食を平らげるエル様に、私がご飯を残したことを告げ口された。クロエも執事も酷いわ。食後の果物を多めにもらい、エル様の手で食べさせてもらう。すごく美味しくて、幸せで、また泣きそうだったわ。
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