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59.笑わないで聞いてくれますか

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 エル様の顔は私の好みだ。一般的に見ても整っている。王侯貴族はそれが当然だった。綺麗な配偶者を得て、子を作れば遺伝で綺麗な子が生まれる。何度も同じことを繰り返せば、洗練された美しさが保てた。

 王族は特にその特徴が出ている。政略結婚で血を繋ぐ王侯貴族は、好きな人と結婚できることは少なかった。大抵は諦めて、親の決めた人に嫁ぐ。その点で言ったら、私はとても恵まれていた。

 一目惚れした人が、政略結婚の相手だなんて。すごく幸せなことだわ。家族にも恵まれ、幸せな幼少期を過ごせたと思う。それで、未来まで幸せが確定してもいいのかしら。溢れてしまわない? 変な心配が過った。

 ちらっと顔を見ては、照れて顔を伏せる。その繰り返しは、エル様に不審がられてしまった。

「アン、何かあったのか?」

「い、いいえ。何も」

「なら、私が何かしてしまったか」

「それもないです」

 誤解はキッパリ否定しておく。そんな悲しそうな顔をしてほしいわけじゃなくて、ただ……恥ずかしいのよ。顔を見たら、さっきの後継の話を思い出しちゃうから。

 また頬や首が赤くなったらしく、控えていたクロエが心配そうに声をかけた。

「姫様、やはりまだ体調が」

「ぜんっぜん、平気よ」

 強調してみたけれど、慌てた様子のエル様は食事を中断した。ふわりと抱っこされて、隣室の長椅子に運ばれる。横になった私の額に手を当て、うーんと考え込んだ。

「微熱か。でも心配だな」

「本当に……その……何でもないんです」

「アン、なんでもない人はムキになって否定したりしない」

 ぐっと詰まってしまう。目配せで、クロエ達に外へ出るようお願いした。迷いながらも、彼女は察してセリアやコレットを促して出ていく。謁見して正式な婚約者になったからか、扉も静かに閉められた。

「エル様、笑わないで聞いてくれますか?」

「ああ、もちろんだ。神と美しい君に誓おう」

 真剣にそう言ってくれたので、さきほど思い付いた後継のことなどを話した。猫の躾から連想した部分は少しだけ省いて。吐き出してしまえば、気持ちが楽になる。

 黙って最後まで聞いたエル様は、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。どきっとする。琥珀の目がとろりと色を変えて、甘い蜂蜜のよう。溢れてきそうだわ。

「アンが私の子を産んでもいいと思ってくれたのは、本当に嬉しい。私の婚約者になってくれて、本当にありがとう」

「私こそ、よろしくお願いします」

 釣られて笑顔で挨拶をした。アルドワン王国と違い、モンターニュ国は婚約式をしない。国王陛下に謁見して報告したら、婚約完了らしい。ようやく、婚約が成立した気分だわ。実感が湧いてきた。

「私、早く大人になってエル様のお子を産みますね」

「ゆっくりでいい。成長するアンを毎日見て覚えておきたいからね。背伸びをしなくていいよ」

 大きな手で頭を撫でられ、髪は乱れてしまったけれど、エル様の気持ちが嬉しい。胸の奥がじわじわと騒がしくて、何かが溢れて満ちる気がした。
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