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45.人の上に立つ者の覚悟と振る舞い

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 エル様が動こうとしたのを、つないだ手に力を入れて止める。きちんと法に則って裁く場なら、勝手な発言はダメよ。こちらが不利になってしまう。止める意図は伝わったようで、座り直したフリで腰を落ち着けた。エル様の甘い眼差しが注がれる。

 顔を上げて、見つめ合ったまま固まった。琥珀の瞳が本当に綺麗だわ。私達の姿に周囲の貴族が何を思っているかなんて、知らない。誰にも邪魔されない時間はすぐに終わった。

「なんなのよっ! お父様、何とかして!! あの女を送り返して頂戴」

 叫ぶマルノー侯爵令嬢に、はっとした。いけない、注目される立場だったわ。視線をそらして、再び議場へ据える。癇癪を起した幼子のように、地団駄踏んで騒ぐ令嬢の姿は珍しい。貴族達も驚いたり、眉を寄せて不快さを示したり、どちらにしても好意的な人はいなかった。

「落ち着きなさい、テレーズ」

 言葉の内容と裏腹に、自らも取り乱した様子でマルノー侯爵が発言する。だが、彼自身も疑惑の渦中にいる。事実上の容疑者だった。両側に立つ衛兵が黙らせる。

 他国からの来賓を傷つける行為は、未遂であれ、言葉だけであれ、国家間の外交や繋がりを台無しにする。だから国家反逆罪に次いで重大な犯罪と位置付けてきた。これはアルドワンもモンターニュも関係ない。もし我が国で、私が彼女の立場なら……ただでは済まなかった。

 王族や高位貴族の子女が徹底的に礼儀や階級を叩きこまれるのは、このためだ。万が一にも国同士の同盟や外交にヒビを入れないように。無礼な振る舞いで自国が侮られないように。平民の子が外を走って自由に過ごす間、机に縛り付けられて知識を身に着ける。

 贅沢な生活を許されるのは、他国から侮られない水準を保つため。そんな簡単な理屈も理解しない侯爵令嬢など、恐ろしくてそのままに出来ない。領地に封じ込めればいい話ではないのだ。何も知らない他国から縁談が持ち込まれたら? または偶然街中で出会ってしまったら。

 知らなかったで許される年齢を越えている。少なくとも、彼女は成人間際で……私より年上なのだから。相応の振る舞いを求められても応じるだけの能力がなければ、地位を返上するしかなかった。相応しくない者が、生まれだけを特権に生きていける世界ではない。

 マルノー侯爵令嬢テレーズ。彼女を公的な場で裁くということは、モンターニュ国の貴族に相応しくないと王族が宣言したも同然だった。

「っ、私は絶対に謝らないわ。悪くないもの!」

 強気で言い放ったが、侯爵令嬢の手は震えている。視線が集中する中央に立たされ、断罪される場にあって、平然としたらおかしいわね。私は王族としての冷めた感想を抱く。可哀想とか、彼女を救ってあげてとか。そんな同情は一切なかった。

 王族が感情で采配を振るえば、国は滅びてしまう。アルドワン王国で習った様々な学びが、ようやく実感を持って私に沁み込んだ。教師やお母様が仰っていたのは、このことだったんだわ。
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