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18.どんな私も可愛いそうです
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泣きすぎて目元が腫れて、不細工になったと私がさらに泣く。悪循環を止めたのは、エル様だった。
「どんなアンでも可愛い」
ちゅっと目元にキスをされ、じりっと痛い。驚きすぎて固まり、動けずにエル様のお顔を凝視した。こんな顔で可愛い? お兄様達もからかったのに、本当? 尋ねるたびに「可愛い」と繰り返してキスをくれる。
眦、頬、額、鼻の頭のときはドキッとした。唇に触れるかと思ったら。驚くと涙が止まるとは知らなかったわ。いつの間にか涙が乾いて、クロエに用意してもらったタオルで冷やす。
エル様は私を抱いたまま下ろさず、ベッドの端に腰掛けた。婚約者だけど未婚同士で、同じベッドの上! そう気づいたら慌ててしまい、もう涙は完全に消える。あたふたしたけれど、クロエや他の侍女も一緒なので落ち着いてきた。
「アン、犯人を捕まえたらどうしたい?」
「捕まえ、てっ、顔を、見てか……ら考えまふ……っ!」
まだ嗚咽が完全に止まらず、しゃくりあげながら話す。変な場所で意図せず声が途切れ、最後は舌を噛んでしまった。痛いし情けないしで、また泣きたくなる。でも一度消えた涙は枯れたのか、すぐ出てきてくれなかった。
「いい判断だ。ではひとまず……服を買いに行こうか」
舌先が痛いため声を出さずに、こてりと首を傾げる。
「忘れていると思うが、明後日には国王陛下にお会いしなくてはならない。毎日同じ服ではマズいだろう?」
服がダメになったショックで、確かに忘れていました。そもそも荷物を開けて確認したのは、出発の準備のため。その服が全滅したら、着るものがないわ。残っているのは、洗濯に出した分くらいかしら。
「この城で起きた事件だ。当然、私に弁償させてくれるね?」
しゃくりあげながら、クロエに目を向ける。年上の彼女なら、私より詳しいはず。そういうものなの? お任せしてくださいと動いた口に、私は大きく頷いた。
「わ、か……ぃました」
短い「わかった」を伝えるのが、すごく怖い。また舌を噛みそう。ふふっと笑い、エル様は「無理しなくていい」と唇に指先を押し当てた。話すと危ないから、落ち着いてから……の意味よね。
さっと抱き上げ、エル様は執事や侍従に命令を下した。領主として街におり、服を買う。短い距離だけれど、馬車が用意された。お店の前に横付けが貴族のスタイルらしい。抱っこのまま乗り、抱っこのまま降りた。
お店は先日の庶民的な感じではなく、豪華な建物だ。中には服が大量に並んでいた。もちろん、縫製前の生地もある。中に入るなり、エル様はとんでもない発言をした。
「季節のドレスとワンピース、それから下着に至るまで。すべて揃えろ。金に糸目はつけない。未来の公爵夫人である王女殿下に相応しい服をここへ」
お店のマダムは大喜びで、デザイン画の分厚い本を運んでくる。その間に様々なドレスが用意された。まだ目元をタオルで冷やす私は、クロエと隣室へ移動して採寸から始まる。
「さっき、その……すごい買い方、よね」
やっと言葉がまともになってきた。クロエは目元のタオルを交換し、鏡で腫れ状態を見せてくれる。もう少しで大丈夫そう。
「殿方の好意は素直に受けるのも、姫様のお役目です」
そういうものなの?
「どんなアンでも可愛い」
ちゅっと目元にキスをされ、じりっと痛い。驚きすぎて固まり、動けずにエル様のお顔を凝視した。こんな顔で可愛い? お兄様達もからかったのに、本当? 尋ねるたびに「可愛い」と繰り返してキスをくれる。
眦、頬、額、鼻の頭のときはドキッとした。唇に触れるかと思ったら。驚くと涙が止まるとは知らなかったわ。いつの間にか涙が乾いて、クロエに用意してもらったタオルで冷やす。
エル様は私を抱いたまま下ろさず、ベッドの端に腰掛けた。婚約者だけど未婚同士で、同じベッドの上! そう気づいたら慌ててしまい、もう涙は完全に消える。あたふたしたけれど、クロエや他の侍女も一緒なので落ち着いてきた。
「アン、犯人を捕まえたらどうしたい?」
「捕まえ、てっ、顔を、見てか……ら考えまふ……っ!」
まだ嗚咽が完全に止まらず、しゃくりあげながら話す。変な場所で意図せず声が途切れ、最後は舌を噛んでしまった。痛いし情けないしで、また泣きたくなる。でも一度消えた涙は枯れたのか、すぐ出てきてくれなかった。
「いい判断だ。ではひとまず……服を買いに行こうか」
舌先が痛いため声を出さずに、こてりと首を傾げる。
「忘れていると思うが、明後日には国王陛下にお会いしなくてはならない。毎日同じ服ではマズいだろう?」
服がダメになったショックで、確かに忘れていました。そもそも荷物を開けて確認したのは、出発の準備のため。その服が全滅したら、着るものがないわ。残っているのは、洗濯に出した分くらいかしら。
「この城で起きた事件だ。当然、私に弁償させてくれるね?」
しゃくりあげながら、クロエに目を向ける。年上の彼女なら、私より詳しいはず。そういうものなの? お任せしてくださいと動いた口に、私は大きく頷いた。
「わ、か……ぃました」
短い「わかった」を伝えるのが、すごく怖い。また舌を噛みそう。ふふっと笑い、エル様は「無理しなくていい」と唇に指先を押し当てた。話すと危ないから、落ち着いてから……の意味よね。
さっと抱き上げ、エル様は執事や侍従に命令を下した。領主として街におり、服を買う。短い距離だけれど、馬車が用意された。お店の前に横付けが貴族のスタイルらしい。抱っこのまま乗り、抱っこのまま降りた。
お店は先日の庶民的な感じではなく、豪華な建物だ。中には服が大量に並んでいた。もちろん、縫製前の生地もある。中に入るなり、エル様はとんでもない発言をした。
「季節のドレスとワンピース、それから下着に至るまで。すべて揃えろ。金に糸目はつけない。未来の公爵夫人である王女殿下に相応しい服をここへ」
お店のマダムは大喜びで、デザイン画の分厚い本を運んでくる。その間に様々なドレスが用意された。まだ目元をタオルで冷やす私は、クロエと隣室へ移動して採寸から始まる。
「さっき、その……すごい買い方、よね」
やっと言葉がまともになってきた。クロエは目元のタオルを交換し、鏡で腫れ状態を見せてくれる。もう少しで大丈夫そう。
「殿方の好意は素直に受けるのも、姫様のお役目です」
そういうものなの?
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