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11.苦いのは大人の味だと聞いて

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 大柄な人が持つフライパンは、私の想像より大きかったみたい。二段重ねのパンケーキを三割ほど食べたら、お腹がいっぱいになった。残すのは申し訳ないと思ったら、エル様が平らげていく。

「私も、あーんがしたいです」

「それは屋敷でやろう」

 ダメだと言われなかったので、大人しく引き下がる。ぽんぽんと背中を叩かれた。抱き着いて後ろを見れば、クロエや侍従もパンケーキを食べている。そうよね、皆も朝食がまだだもの。ぱくぱくと食べるエル様は、途中で黒い飲み物を口にした。

 見たことがない。真っ黒でカップの底が透けなくて、不思議な香りがする。何かが焦げたような? まさか、焦げたお茶が出たのかしら。

「飲むか?」

 あまりにじっと見つめたので、エル様が尋ねる。私の前に用意されたのは、クロエが用意したお茶で琥珀色だった。迷って頷く。

「美味しいのですか」

 焦げているのに……の部分は言わない。お店の人に聞こえちゃうわ。

「コーヒーは初めてのようだ」

「はい」

 どうやら黒いお茶はコーヒーという名で、この状態が普通らしい。顔を近づけてくんと匂うも、やっぱり焦げを感じた。そっと口を付け、唇を湿らせる程度で味をみる。

「……っ、苦い」

 顔を歪めてしまった。エル様が平然と飲んでいたから、味は焦げっぽくないと思ったのに。これは失敗したクッキーのような味がするわ。炭を飲んだみたい。

「この味がわかるようになれば、大人かもな」

 唇を尖らせる。その唇に、紅茶のカップが寄せられた。エル様に促されて、口直しをする。飲み慣れた味にほっとした。

 苦いのを美味しいと思えたら大人なの? でもどうせなら甘くて美味しい方がいいのに。大人でもお父様やお母様はお茶を飲んでいた。国によっていろいろ違うのよ、と聞いた話がよぎった。

「がんばります」

 この国に馴染めるよう、私もコーヒーに慣れなくちゃ。ぐっと拳を握って宣言したら、エル様は頬にキスをくれた。触れるだけの優しいキスで、顔が熱くなる。

「無理をするな。意地悪を言ってしまったが、この国ではコーヒーを嫌がる子に「大人になればうまいと思う」と返すのが慣用句だ。アンは紅茶の方が似合う」

 慰められている気がして、複雑な思いになる。私はちゃんとモンターニュ国に馴染んで、エル様に相応しいお嫁さんになりたい。だから、あと一年位したら再挑戦しよう。コーヒーを飲めるようになって、驚かせちゃうんだからね!

「朝食も終わったし、市場を見に行くか」

「市場は知っています」

 驚いた顔をするエル様へ、アルドワン王国の話を始める。お金を払って店を出て、歩く間に説明を終えた。民に混じって生活や作業を体験する王家は珍しい、とエル様が頷く。麦の穂を作業台で叩く仕事も経験したんですよ、と胸を張った。

「立派だな、アン。ほら着いたぞ、市場だ」

 街一番の大通りを、人が埋め尽くしている。両側に露店が広がり、店先に置かれた椅子は食事中の人が大勢いた。

「すっごい人」

 抱っこされたまま、人混みに紛れる。これなら抱っこじゃないと、私が埋もれてしまうわ。
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