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100章 幸せになろう
1386. 世界は脆く美しく……
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彼女の黒髪を留める飾りを外し、簪を抜く。魔法陣で固定された髪を解いて、手櫛で梳いた。香油の薔薇がふわりと香り、黒髪がシーツの上に散らばった。そのひと房を手に取り口付ける。
「先に言われちゃったな。愛してるよ、リリス。絶対に離さない」
リリスが死にかけたことがあった。後を追うため世界を滅ぼそうとしたこともある。赤子に戻ってしまった時は、正直ほっとした。彼女がまだ手元に残ってくれたのはもちろん、やり直せることに感謝したものだ。懐かしい記憶が蘇る。
リリスが城門前に現れてから十数年――生きてきた時間に比べたら、短い時間だった。8万年を超える長い人生の中で、ほんの瞬きほどだ。そんな僅かな期間で、自分の心に入り込んだリリスを愛おしく見つめる。魔の森の娘と判明する前から、可愛くて仕方なかった。
初めて抱き上げた時にきゅっと指を掴んだ仕草に滲んだ信頼。愛らしい外見もさることながら、ルシファーに生存権を委ねた幼子の表情や仕草に、守ってやりたいと願った。己の命も存在も、すべてを預けて信じ切った赤子に絆された。
周囲の警告が耳に入らないほど愛し、何から何まで自分で面倒を見たくて。アスタロトやベールを呆れさせ怒らせたっけ。ふふっと笑みが漏れる。
きょとんとした顔で見上げたリリスが手を伸ばし、編んだ純白の髪を引っ張った。そうだな、余計な飾りも衣も不要だ。脱いでしまおうか。髪に飾られた王冠をすべて収納へ放り込む。くすくすと笑うリリスは頬を赤く染めながらも、ルシファーの衣装に手を掛けた。
するりと肩を滑った豪華な衣装を床に投げ捨てる。皺になると叱る側近の声が脳内で聞こえた気もするが、完全に無視した。謝罪も反省も今は関係なかった。象牙色の柔らかな肌を晒し、リリスは手を伸ばす。頬や首筋、耳まで赤いのに体を隠そうとしない。
「綺麗だ、リリス。オレのお嫁さんだ」
「そうよ、私はルシファーのお嫁さんになるの」
幼い頃の言葉が重なった。
『リリスも……パパのお嫁さんになる!』
『そうだ、な。パパもリリスをお嫁さんにする』
不器用な始まりだったが、互いにこうして約束を守れた。薄桃色に染めた唇を優しく啄む。苦しくなるようなキスではなく、戯れる優しい口付けから始めよう。愛していると伝えるために、誰より大切だと知らせるために。
「ル、シ……ふぁ」
甘い声を吐き出した唇を少し深く吸って、吐息に紛れた舌を舐める。すぐに引っ込んだ舌が恐る恐る顔を覗かせ、ルシファーに軽く食まれた。笑いながら互いの体を撫で、触れ、距離を詰めていく。
ただただ幸せだと思う。この日のために生きてきたと思えば、長い年月も無駄ではなかった。リリスの首筋に赤い痕を残して、鎖骨の辺りに噛みつかれる。長い髪を絡めながら、何も挟まず肌を触れ合わせた。この温もりも、心地よさも、愛情も……何かをひとつ間違えたら失っていたのか。
世界は脆く美しく、どこまでも残酷だ。こんなに大切な人が出来てしまえば、いつ失うか怯えてしまう。けれど、手を伸ばして進む限り道は開けるのだろう。
窓の外からわずかに聞こえる宴の騒ぎが遠ざかり、窓から差し込む月光が傾いて、葉擦れの音も消える頃。ようやく二人は結ばれた。時間をかけて、指の先から愛し合ったルシファーとリリスの上に青紫の夜明けが近づく。
まだ離れたくないと指を絡ませるリリスの訴えに、ルシファーが否を唱えるはずもなく。朝日が部屋に差し込み、やや傾きかけるまで。
新婚夫婦の寝室に訪ねてくる無粋な客がないのをいいことに、二人は部屋に籠った。
「先に言われちゃったな。愛してるよ、リリス。絶対に離さない」
リリスが死にかけたことがあった。後を追うため世界を滅ぼそうとしたこともある。赤子に戻ってしまった時は、正直ほっとした。彼女がまだ手元に残ってくれたのはもちろん、やり直せることに感謝したものだ。懐かしい記憶が蘇る。
リリスが城門前に現れてから十数年――生きてきた時間に比べたら、短い時間だった。8万年を超える長い人生の中で、ほんの瞬きほどだ。そんな僅かな期間で、自分の心に入り込んだリリスを愛おしく見つめる。魔の森の娘と判明する前から、可愛くて仕方なかった。
初めて抱き上げた時にきゅっと指を掴んだ仕草に滲んだ信頼。愛らしい外見もさることながら、ルシファーに生存権を委ねた幼子の表情や仕草に、守ってやりたいと願った。己の命も存在も、すべてを預けて信じ切った赤子に絆された。
周囲の警告が耳に入らないほど愛し、何から何まで自分で面倒を見たくて。アスタロトやベールを呆れさせ怒らせたっけ。ふふっと笑みが漏れる。
きょとんとした顔で見上げたリリスが手を伸ばし、編んだ純白の髪を引っ張った。そうだな、余計な飾りも衣も不要だ。脱いでしまおうか。髪に飾られた王冠をすべて収納へ放り込む。くすくすと笑うリリスは頬を赤く染めながらも、ルシファーの衣装に手を掛けた。
するりと肩を滑った豪華な衣装を床に投げ捨てる。皺になると叱る側近の声が脳内で聞こえた気もするが、完全に無視した。謝罪も反省も今は関係なかった。象牙色の柔らかな肌を晒し、リリスは手を伸ばす。頬や首筋、耳まで赤いのに体を隠そうとしない。
「綺麗だ、リリス。オレのお嫁さんだ」
「そうよ、私はルシファーのお嫁さんになるの」
幼い頃の言葉が重なった。
『リリスも……パパのお嫁さんになる!』
『そうだ、な。パパもリリスをお嫁さんにする』
不器用な始まりだったが、互いにこうして約束を守れた。薄桃色に染めた唇を優しく啄む。苦しくなるようなキスではなく、戯れる優しい口付けから始めよう。愛していると伝えるために、誰より大切だと知らせるために。
「ル、シ……ふぁ」
甘い声を吐き出した唇を少し深く吸って、吐息に紛れた舌を舐める。すぐに引っ込んだ舌が恐る恐る顔を覗かせ、ルシファーに軽く食まれた。笑いながら互いの体を撫で、触れ、距離を詰めていく。
ただただ幸せだと思う。この日のために生きてきたと思えば、長い年月も無駄ではなかった。リリスの首筋に赤い痕を残して、鎖骨の辺りに噛みつかれる。長い髪を絡めながら、何も挟まず肌を触れ合わせた。この温もりも、心地よさも、愛情も……何かをひとつ間違えたら失っていたのか。
世界は脆く美しく、どこまでも残酷だ。こんなに大切な人が出来てしまえば、いつ失うか怯えてしまう。けれど、手を伸ばして進む限り道は開けるのだろう。
窓の外からわずかに聞こえる宴の騒ぎが遠ざかり、窓から差し込む月光が傾いて、葉擦れの音も消える頃。ようやく二人は結ばれた。時間をかけて、指の先から愛し合ったルシファーとリリスの上に青紫の夜明けが近づく。
まだ離れたくないと指を絡ませるリリスの訴えに、ルシファーが否を唱えるはずもなく。朝日が部屋に差し込み、やや傾きかけるまで。
新婚夫婦の寝室に訪ねてくる無粋な客がないのをいいことに、二人は部屋に籠った。
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