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100章 幸せになろう

1375. 不幸にしたら切り刻みますよ

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 見上げる形でリリスの手を取り、指輪を嵌めようとして……手袋の存在に気づく。くすくす笑うリリスが左手の手袋を外した。緊張していたのか。左手で彼女の右手を掴んだルシファーは、危ういところを手袋に救われた。ここで失敗して右手に嵌めたら、間違った知識が魔族中に伝わるところだ。

 失態を誤魔化すように、リリスの右手には接吻けをしておく。素肌を晒したリリスの左手を掲げ、指輪を近づける。……どの指だっけ。固まったルシファーにアデーレが進言するより早く、リリスは自ら薬指を通した。

 きらりと輝く薄紅色のリングは、巨大なピンク・ダイアモンドから削り出したルシファーの力作だ。魔の森の娘である彼女のために、細い蔦模様も彫り込んだ。嬉しそうに微笑んだリリスが、残されたシンプルな指輪を手に取る。立ち上がったルシファーの左手を掬い、薬指に嵌めた。

 どちらも同じ宝石から削り出したため、色や艶もそっくりだった。質のいい石を使ってよかったとルシファーの頬が緩む。リリスの肌に淡いピンクの指輪は良く似合うし、彼女が好きな色なのもポイントが高い。自画自賛してリリスを抱き寄せた。

 指輪のサイズはぴったりで、自然と微笑み合った二人の距離は近づく。頬に口付け、そっと唇を合わせた。ざわめいていた魔族の声がぴたりと止む。緑の森すら一瞬、葉擦れの音ひとつさせなかった。静まり返った場は、唇が離れた途端にわっと歓声に包まれる。祝いの言葉が飛び交い、魔族は思わず止めていた息を吸い込んで叫んだ。

「ご結婚おめでとうございます!!」

「魔王様、魔王妃様、お幸せに!」

 口々に叫ぶ声も言葉も優しくて、リリスは頬を緩める。ルシファーの優しい銀の眼差しを受け止めて頷いた。自分達が主役なのはここまで。ここからしばらく、彼や彼女らに主役を譲るのだ。リリスを抱き寄せ、背に翻る虹蛇のマントで彼女を隠す。マジシャンのようにウィンクひとつ残し、ルシファー達は転移で退場した。






 大公女達は順番をどう決めたのか。最初はルーサルカとアベルだった。注目される魔王夫妻の直後なので、もしかしたら負けた順かも知れない。指輪はそれぞれに用意していた。ハート型のリングピローはミントグリーンだ。

 それぞれに後見する大公が指輪を運ぶ役を買って出た。白い絹のドレスは袖が一分で、肩を覆い隠している。スカートの半分から下が緑の葉を織り込んだグラデーションで、裾に近づくほど緑が濃くなった。銀灰色の瞳に合わせたのか。銀鎖がきらきらと絡められた濃茶の髪は、父が母に贈った髪飾りで留めている。

「お義父様、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

 夫になる日本人のアベルと腕を組み、カーテシーを披露する。指輪を乗せたリングピローと娘の顔を交互に見た後、アスタロトは深呼吸した。アベルに視線を合わせる。しっかりと見つめ返す若者は、アスタロトからしたら卵以前の年齢だ。まだ未熟さも目立つ。だが、義娘が選んだ男だった。

 今回の大公女の夫達は、共通デザインでグレーの正装だ。色が強いと目立ちすぎ、白の花嫁を損なうため、全体に淡い色だ。妻に関する色をスカーフやアクセサリーで身に着ける程度だった。アベルはルーサルカのドレスに合わせ、緑のスカーフを胸元に刺している。

 父親とは損な存在ですね。苦い感情が浮かんだ。それでもルーサルカが過去形で「世話になった」と言わなかったことに、不思議なほど心は凪いでいる。

「ルカ、幸せになりなさい。アベル、不幸にしたら切り刻みますよ」

 結婚式に贈るには物騒な言葉だが、アベルは真剣な顔で頷いた。

「必ず幸せになります!」

「当然です。では指輪の交換を」

 草の柔らかなミントのリングピローで光るのは、細い二連の輪を絡みつく蔦が繋ぐ指輪だった。材質はルーサルカの瞳の色を選び、白金である。銀を混ぜてより白く仕上げた。先に手にしたアベルが深呼吸し、差し出されたルーサルカの薬指に通す。僅かに緩いが、魔力を流せばきゅっとサイズが調整された。

 ほっとするアベルにくすくす笑い、摘まんだ指輪をルーサルカの亜麻色の指先がアベルの指に嵌めた。

「大公女ルーサルカは日本人のアベルへ、アスタロト大公家の末娘として嫁ぎます。異世界から私を見つけてくれた夫に最上級の感謝と、溢れる愛情を捧げます」

「っ……アベルこと異世界人の阿部瑠海あべ るかいは、この命が尽きてもルーサルカを愛し抜くことを誓う。大切にします」

 若い二人の誓いが終わるのを待って、観衆は祝いに湧いた。
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