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100章 幸せになろう
1368. ようやく結婚式の実感が湧いた
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早朝にたたき起こされ、アデーレに連れ去られたリリスは何をしているだろうか。着飾る間に居眠りなどしていなければいいが。ルシファーは式典用の衣装を前に溜め息を吐く。
「陛下、縁起が悪いので溜め息はおやめください」
「すまない、次はどれを羽織るのだったか」
久しぶりで順番を忘れたフリをすれば、苦笑いしたベールが丁寧に羽織らせた。全部で8枚もある薄衣を順番通りに重ねていく。透き通るような白はどれが何枚目か分からなくなる。重ねて縫ってくれたら手間が省けるのだが……以前にそう提案したら「式典用衣装をそのように」と嘆かれたな。
ひらりとまた一枚重ねる。肌着の上に重ねていく衣は気を付けないと破けてしまいそうだ。特殊な編み方で作られた絹に、地模様が浮かび上がる。同色の糸で複数の魔法陣も刻まれていた。重さを感じさせない糸は、先日の虹蛇のマントと同じように、数万年かけて作り出された命の結晶だ。
いつか魔王に献上すると決意した先祖の願いを受けて、子々孫々繋いできた糸は軽いのに……とても重く感じられた。また一枚重ねる。湯あみを終えた肌に触れる絹は柔らかく、艶やかで美しかった。白い肌に重ねる白い衣が5枚目を迎えたところで、侍従ベリアルが食事を運んで来る。
「先に食べてください」
ここから先の3枚はレースのような素材だ。編みこまれた複雑な模様は宝飾品同様、最後に重ねる予定だった。渡されたのは、零さぬよう工夫された料理だ。きっとリリスも同じ物だろう。大公女やその夫達も同様か。
綺麗に包装されたパンは、柔らかい。パンくずが出ないよう工夫された包み紙を開いて、ぱくりと齧った。事前にソースを染みこませた肉や野菜が挟まっているが、パンに吸わせているので零れる心配もない。公式行事前によく出される料理は、ルシファーには馴染みの食事だった。
飲み物は零してもシミにならぬよう、透明の果実水だ。紅茶やコーヒーは危険なので用意されない。宴が始まれば着替えてしまうので問題ないが、式典用衣装は飲食に向いていなかった。林檎の香りがする水で喉を潤し、最後に数粒の葡萄を口に放り込む。淡い緑の果実を飲み込むのを待って、ベリアルが皿を片付けた。
「もうっ! 陛下が甘やかすからよ」
文句を言いながら合流したベルゼビュートは肩を竦める。尋ねなくても事情を話し始めた彼女によれば、どうしても苺が食べたいとリリスが強請ったとか。幼い頃から大好きな苺だから、特別な日に口にしたかったのだろう。結婚式が終わって着替えれば、いくらでも食べられるが……ダメだと言われたらさらに食べたくなったはず。
くすくす笑うルシファーへ、ベルゼビュートは届けに来た薔薇を差し出した。
「どうぞ、陛下のためにリリス様が選んだ花ですわ」
赤と黄色。二本の薔薇を受け取る。これは瞳の色だ。かつてリリスは赤い瞳だった。魔の森の娘として蘇った後で金色に変化したが、その両方を身に着けて欲しいのだろう。独占欲が強いのは、育てたオレに似たのか。苦笑するオレの手から薔薇を回収したベールが、手早く加工した。
生花の美しさや瑞々しさを残したまま、表面をコーティングしたのだ。コサージュとして胸元へ飾り、最後の薄絹3枚が重ねられた。薔薇の脇に銀鎖の付いた宝玉のブローチが留められる。服のズレを防ぐ魔法陣が台座に刻まれたブローチは、美しい森の緑を模した石が輝いた。
最後に白く長い髪を編み込んでいく。これはアスタロトとベールの二人掛かりだった。複雑な形に結い上げるたび、髪飾りや細い宝石の鎖が絡められる。重さを消し去る魔法陣が入った王冠代わりの飾りを載せて、ようやく完成だった。
「あとは化粧ですね」
にっこり笑うアスタロトに「いや、不要だ」と断るが無視される。ベールとルキフェルに捕まり、機嫌のいいアスタロトに顔中に化粧を施された。動いたり逃げたり出来ぬよう拘束されたまま30分、ようやく解放された時は大きく息を吐いていた。
「疲れた」
「式はこれからですよ。それより最終確認をなさってください」
言われて鏡の前に立ち、普段より気合の入った己の姿に驚く。目元を強調する化粧のお陰で、かなり表情が凛々しく見えた。ほんのりと薄化粧のため、塗りたくった印象はない。自然な感じで違和感はなかった。
「これは見事だ」
「今日くらいは見惚れる男でいないといけませんからね」
普段以上に主役なんです。そう笑ったアスタロトが、静かに片膝を突いた。ベールとルキフェルもすぐに従い、同様の姿勢を取る。式典用に着飾った彼らの正式な最敬礼に、ルシファーは気持ちを引き締める。
「我が君、ご成婚まことにおめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
その言葉で、ようやく結婚式の実感が湧いた。
「陛下、縁起が悪いので溜め息はおやめください」
「すまない、次はどれを羽織るのだったか」
久しぶりで順番を忘れたフリをすれば、苦笑いしたベールが丁寧に羽織らせた。全部で8枚もある薄衣を順番通りに重ねていく。透き通るような白はどれが何枚目か分からなくなる。重ねて縫ってくれたら手間が省けるのだが……以前にそう提案したら「式典用衣装をそのように」と嘆かれたな。
ひらりとまた一枚重ねる。肌着の上に重ねていく衣は気を付けないと破けてしまいそうだ。特殊な編み方で作られた絹に、地模様が浮かび上がる。同色の糸で複数の魔法陣も刻まれていた。重さを感じさせない糸は、先日の虹蛇のマントと同じように、数万年かけて作り出された命の結晶だ。
いつか魔王に献上すると決意した先祖の願いを受けて、子々孫々繋いできた糸は軽いのに……とても重く感じられた。また一枚重ねる。湯あみを終えた肌に触れる絹は柔らかく、艶やかで美しかった。白い肌に重ねる白い衣が5枚目を迎えたところで、侍従ベリアルが食事を運んで来る。
「先に食べてください」
ここから先の3枚はレースのような素材だ。編みこまれた複雑な模様は宝飾品同様、最後に重ねる予定だった。渡されたのは、零さぬよう工夫された料理だ。きっとリリスも同じ物だろう。大公女やその夫達も同様か。
綺麗に包装されたパンは、柔らかい。パンくずが出ないよう工夫された包み紙を開いて、ぱくりと齧った。事前にソースを染みこませた肉や野菜が挟まっているが、パンに吸わせているので零れる心配もない。公式行事前によく出される料理は、ルシファーには馴染みの食事だった。
飲み物は零してもシミにならぬよう、透明の果実水だ。紅茶やコーヒーは危険なので用意されない。宴が始まれば着替えてしまうので問題ないが、式典用衣装は飲食に向いていなかった。林檎の香りがする水で喉を潤し、最後に数粒の葡萄を口に放り込む。淡い緑の果実を飲み込むのを待って、ベリアルが皿を片付けた。
「もうっ! 陛下が甘やかすからよ」
文句を言いながら合流したベルゼビュートは肩を竦める。尋ねなくても事情を話し始めた彼女によれば、どうしても苺が食べたいとリリスが強請ったとか。幼い頃から大好きな苺だから、特別な日に口にしたかったのだろう。結婚式が終わって着替えれば、いくらでも食べられるが……ダメだと言われたらさらに食べたくなったはず。
くすくす笑うルシファーへ、ベルゼビュートは届けに来た薔薇を差し出した。
「どうぞ、陛下のためにリリス様が選んだ花ですわ」
赤と黄色。二本の薔薇を受け取る。これは瞳の色だ。かつてリリスは赤い瞳だった。魔の森の娘として蘇った後で金色に変化したが、その両方を身に着けて欲しいのだろう。独占欲が強いのは、育てたオレに似たのか。苦笑するオレの手から薔薇を回収したベールが、手早く加工した。
生花の美しさや瑞々しさを残したまま、表面をコーティングしたのだ。コサージュとして胸元へ飾り、最後の薄絹3枚が重ねられた。薔薇の脇に銀鎖の付いた宝玉のブローチが留められる。服のズレを防ぐ魔法陣が台座に刻まれたブローチは、美しい森の緑を模した石が輝いた。
最後に白く長い髪を編み込んでいく。これはアスタロトとベールの二人掛かりだった。複雑な形に結い上げるたび、髪飾りや細い宝石の鎖が絡められる。重さを消し去る魔法陣が入った王冠代わりの飾りを載せて、ようやく完成だった。
「あとは化粧ですね」
にっこり笑うアスタロトに「いや、不要だ」と断るが無視される。ベールとルキフェルに捕まり、機嫌のいいアスタロトに顔中に化粧を施された。動いたり逃げたり出来ぬよう拘束されたまま30分、ようやく解放された時は大きく息を吐いていた。
「疲れた」
「式はこれからですよ。それより最終確認をなさってください」
言われて鏡の前に立ち、普段より気合の入った己の姿に驚く。目元を強調する化粧のお陰で、かなり表情が凛々しく見えた。ほんのりと薄化粧のため、塗りたくった印象はない。自然な感じで違和感はなかった。
「これは見事だ」
「今日くらいは見惚れる男でいないといけませんからね」
普段以上に主役なんです。そう笑ったアスタロトが、静かに片膝を突いた。ベールとルキフェルもすぐに従い、同様の姿勢を取る。式典用に着飾った彼らの正式な最敬礼に、ルシファーは気持ちを引き締める。
「我が君、ご成婚まことにおめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
その言葉で、ようやく結婚式の実感が湧いた。
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