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99章 変化し続ける世界の中で

1365. ほろ酔いリリスのお強請り――前夜祭3

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 専用のグラスを片手に、注がれるまま流し込むルシファー。酔うと明日に差し支えるため、飲んだそばから回復させる。その様子を眺めるリリスが、ぽつりと呟いた。

「飲んでも回復すれば、私も飲めるんじゃないかしら」

「頼むからやめてくれ。それとリリスはかなり酒に弱いと思うぞ」

 以前飲んで前後不覚になった時も、ルシファーからすれば「飲んだ」と断言できる量ではなかった。嗜む程度の量なのに、彼女はグラス一杯を飲み干して酔ったのだ。危険すぎる。酔った勢いで雷でも落とされたら、いくつかの種族が絶滅しそうだ。

 危険すぎて止めるしか選択肢がない。ルシファーの必死さを見て、お酒のグラスを渡そうとしたオレリアがグラスを引っ込めた。周囲の魔族も目配せし合い、危険を避ける方向へ動き出す。リリスの手が届く範囲から、酒がすべて遠ざけられた。

「残念だわ」

「お部屋で少し飲もう。それまで我慢してくれ。こっちのジュースも美味しいぞ」

 芒果を使ったジュースを渡され、頬を膨らませていたリリスの表情が笑みに変わる。子ども達とジュースの味で意見交換し、ご婦人方と結婚後の話で盛り上がった。その脇で、ルシファーも既婚男性に捕まっている。

「結婚したら嫁さん優先だ! まあ、魔王様はいままでも姫様優先だから同じか」

「そうだな、俺らはそれで失敗してるけど大丈夫だろう」

「何しろ、溺愛具合が半端じゃないからな。お姫様のために人族を滅ぼしたんだろ」

「祝いの席で、不吉な種族の名前をだすもんじゃないぞ」

「そうだな、申し訳ない」

 すでに酒をたらふく飲んだ彼らの口は軽い。悪気なく奥さん優先論をぶちかました。この辺の話はすでにアスタロトの教育を受けているので、履修済みの魔王は鷹揚に頷いた。

「案ずるな、すでにアスタロトに指導された」

「「「ああ、それはお気の毒に」」」

 希望や夢を潰されたであろう魔王へ、同情が集まった。しかし打たれ強い本人は気にしていない。アスタロトやベールに叩かれ続けて8万年、多少のことでは凹まない強さがあった。

「リリスは可愛い上にお茶目でオレを大切に愛してくれる。最高の女性だ。何も心配などしていないさ」

 お茶目……ではなくお転婆では? ちょっと過った失礼な訂正を、祝いの席なので酒と一緒に飲み込んだ面々は「消化不良を起こしそう」と苦笑いする。そこへ樽を抱えて駆け付けたドワーフ達がわいわい騒ぎ始めた。

「魔王様、飲み比べですぞ!」

「魔族の頂点に立つお方が逃げることはなさいませんな?」

「おう、構わん! 受けて立つ!!」

 嫌な予感がしたヤンは、後ろでそっと救援信号を送った。駆け付けたアスタロトが見たのは、浴びるように酒を飲むルシファーの横で、こっそりワインを舐めるリリスの姿だ。飲んだらバレると思い、少しずつ舐めるようにして飲む辺りが狡い。

 ほんのり赤くなった頬でにこにこと笑顔を振り撒き、周囲を赤面させていた。気づかないルシファーは、リリスを抱き寄せたまま一気飲みに興じる。

「ルシファー様、リリス様が飲んでます」

「ん? なにを……え、酒か!?」

 慌ててリリスのグラスを取り上げ、ぐいっと飲み干して溜め息をついた。葡萄ジュースだと思ったらワインだ。がくりと肩を落とし、それでもいうべき言葉はしっかり口にした。

「リリス、ダメなものはダメだ。部屋で飲む予定だったワインは没収、延期だ」

「えええ!」

「自分が悪いことは分かるな? 反省しなさい」

 しょんぼり肩を落としながらも、リリスは素直に頷いた。愛されて育ったお姫様らしい姿に、周囲が慌てて執り成しに入る。

「いや、間違えてワインを渡したのはこっちのミスだ」

「姫様を叱ったら可哀想だろ」

「祝いの席だ、ここらへんで勘弁してやって欲しい」

 リザードマンやドワーフ、魔獣に至るまで擁護に入ったことでルシファーの顔が綻ぶ。悪戯は過ぎるが、素直で真っすぐな気質は魔族にとって好ましい。好かれる伴侶を得たことが誇らしかった。

「わかった。皆がそこまで言うなら仲直りだ」

「キスだ!」

「口付けですね」

 なぜか人前でのキスをせがまれ、真っ赤な顔のリリスの頬や額にいくつもキスを降らせた。不満げなブーイングが上がるものの、アスタロトに睨まれて沈黙する。

「唇へのキスは結婚式で披露するものだ」

 芝居がかったルシファーの断言に、人々はわっと沸き立った。その後ろで、計画変更となったアスタロトがベールに連絡を飛ばす。キスの披露をどのタイミングで入れるか。大公達は今夜も徹夜が確定した。
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