上 下
1,364 / 1,397
99章 変化し続ける世界の中で

1359. 裏取引はすぐにバレた――あと4日

しおりを挟む
 魔王城の料理番イフリートは手早く料理を仕上げていく。食材置き場として使用していた部屋は床や壁、天井に至るまで魔法陣が輝いていた。ルキフェルの作品だ。この部屋に作り置きした料理を置けば、劣化も温度変化もなく管理できる。結婚式の料理置き場として作ってもらったが、今後も食材の管理用に流用予定だった。

 巨大なバケツプリンを10個ほど作ったところで一休みする。あとはホイップクリームで飾り付けだが、果物を先に剥くか。迷うところだ。どちらも重労働だが、クリームの泡立ての後だと疲れた手が震えるので先に包丁仕事を始めた。

 器用に飾り切りにした果物を並べる。数えながら剥いたのに、数が足りない。首を傾げてじっと見ていると、何もいないはずの場所から手が現れて、果物を掴んだ。その手を咄嗟に握る。果物泥棒だ、逃がしてなるものか! 飾り切りは面倒で手がかかるのに!!

「誰かっ、手伝ってくれ」

 叫んだイフリートに反応したのは、食材を運んでいたデュラハンだった。蹄で駆け寄る音がして、勢いよく犯人の腕を蹴飛ばす。くっきりと馬蹄の痕がついた手は、すっと引っ込んだ。

「魔力を紐づけた、追うぞ」

 デュラハンに促されて、イフリートはその背に飛び乗る。地下室の低い天井も、首無し騎士は気にせず走り抜けた。伏せてしがみ付くイフリートも必死だ。ようやく空が見えた中庭へ飛び出すと、果物泥棒が蹴られた手を撫でていた。

「……あなたでしたか」

 呆れ半分のイフリートはがくりと肩を落とす。間違えようもない、魔王ルシファーその人である。隣でリリスが飾り切りが施された林檎を食べていた。

「すまない。どうしても林檎が食べたいと言われて」

「侍従経由で申し付けてくだされば、お持ちしましたのに」

 つい楽だからと手を伸ばした。自室からタオルを持ち出すときの気軽さで、イフリートが剥いた林檎を手に取ったのだ。向こう側が見えていなかったので、デュラハンに蹴られるとは思わなかった。馬蹄の痕を撫でながら消して、ついでに纏いつく追跡用の魔力も散らす。

「悪かったな、手間を取らせた。詫びにこれを」

 収納から取り出した大量の芒果を手渡す。収穫時期を過ぎているので、手配が間に合わなかったと聞いた。以前に大量に収穫して保有していた果物で懐柔に出る。失敗してアスタロト辺りにバレたら、またぐだぐだと叱られてしまう。

「これは取引だ。芒果を渡すから、黙っててくれ」

 にこにこと、裏取引を持ち掛ける。にやりと笑ったイフリートが要求を追加した。

「陛下は西瓜をお持ちでは? そちらもお譲りください。食糧庫へ届けていただくと助かります。運んでいると人目につきます」

「なるほど……うん、構わない。リリス、移動しよう」

 花模様にカットされた林檎の花びらを剥きながら食べていたリリスを連れ、地下の食糧庫へ戻る。そこへ西瓜や芒果を並べ、追加で苺も乗せて置いた。結婚式で振舞うなら、苺も使うだろう。20年ほど前に豊作だったときの絶品苺だ。

「ルシファー、苺食べたいわ」

「まだあるから部屋で食べよう」

 呆然とするデュラハンが我に返り「魔王陛下のお手を蹴ってしまった」とわめいたことで、この騒動はルキフェルにバレた。彼は口を噤んでくれたが、侍従や侍女の噂話は早い。最終的にベールに話が届いて叱られた。

 時間がないので衣装合わせをしながら、ぐちぐちと文句を言われて謝る。髪飾りを乗せ、バランスを確認し、ついでに化粧もされた。むっとした顔で付き合うルシファーだが、新調されたマントには目を輝かせる。特殊な方法で生み出された糸は、1年で人の身長ほどしか作れない。それを数万年分集め、ようやく完成した逸品だった。

「これは立派だ! お礼は弾んでやってくれ」

 先祖代々溜めてきた糸を提供したのは虹蛇達だ。治癒に特化した幻獣である彼らの血を使って生み出される希少な糸で織ったマントは、手触りも最高だった。

「虹蛇達も誇らしいことでしょう……よろしいですか、陛下。誇れる主君でいることを常に心がけてください」

 まだまだ続く説教を聞き流しながら、適度に相槌を打つ。子どもが玩具を手にした嬉しそうな顔で、ルシファーは新しいマントに手を滑らせた。聞いていないと判断したベールが肩を落とす。それでも取り上げようとしない辺り、何だかんだ魔王に甘い側近だった。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです! 12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。  両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪  ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/07/06……完結 2024/06/29……本編完結 2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位 2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位 2024/04/01……連載開始

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処理中です...