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99章 変化し続ける世界の中で
1358. 既婚者による妻の取説講義――あと5日
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アスタロトによる講義が始まった。結婚したら妻との時間を優先すること、仕事での徹夜は3日までで事前申告が必要、子どもが出来たら子育ては積極的に参加すること。など実践的な内容が続く。これから新米夫になる面々は真剣に拝聴した。
「女性とは繊細な生き物です。不条理なことを言われても、ひとまず反論は飲み込みましょう。説明や言い訳は落ち着いてから、ゆっくりと。言い包めようとしてはいけません」
これから結婚式を迎える男達は、夢を粉砕された。愛しい女性と幸せになる。その点に間違いはないのだが、男女の考え方の違いをしっかり叩き込まれていく。
「反論禁止だと、言われっぱなしっすか」
アベルがうーんと唸る。それに対し、教師役のアスタロトは淡々と返した。
「興奮した状態の女性に何か話しても聞こえていません。気持ちが落ち着いてから話すのが正解ですね」
「癇癪を起こしたときのリリスみたいだな」
ある程度大きくなってからは見せないが、幼い頃のリリスはよく癇癪を起した。その時は説明しても宥めても聞いていない。自分の経験に照らし合わせて、ルシファーは納得した。
「僕は反論なんてしません。叱られるのはご褒美です」
得意げな顔をしたアムドゥスキアスだが、ぴしゃりと言い負かされた。
「叱られるのと話し合いは違います。それは下僕であり、夫ではありません」
がーん! 顔にショックだと浮かべた翡翠竜が考え込んでしまう。この時点でジンとグシオンは冷静だった。特に疑問もないらしい。
「グシオンとジンは、大丈夫なのか?」
「うちは姉や妹がいますので慣れています」
ジンがあっさり肯定する。その脇で、グシオンも肩を竦めた。
「俺の家系も女性の方が強くて、祖母や母を見てきたから反論の危険性は身に染みている」
まさかの達観振りだった。今回、思わぬ状況で報告書を届けに来て巻き込まれたストラスは俯く。イポスの婚約者なので、今後のために参加を強制されていた。
「ストラス、あなたはどうですか」
父に話を向けられ、困ったような顔で笑う。アスタロトとアデーレの間に生まれた次男だが、上も兄で女兄弟はいない。女性への耐性はあまりないはずだった。
「僕はイポスが無茶を言うと思っていません。彼女はちゃんと理由を説明してくれますから。それにイポスの我が侭なら……聞いてあげたいんです」
「仲間だ!」
アムドゥスキアスが目を輝かせるが、アスタロトに「全然違います」と一刀両断にされた。全然違うと思うので、ルシファーも苦笑いするだけだ。
「夢も希望もない……」
項垂れるアベル。そこへ休暇の追加申請書類を提出に来たイザヤが加わった。
「結婚はいいぞ。最愛の人が自分だけの奥さんになって、美味しい手料理を振舞ってくれる。もちろん俺が作った料理も嬉しそうに食べてもらえた。可愛い我が子も生まれて、何も不満はない」
幸せを目いっぱいお裾分けするイザヤに、男性達は顔を見合わせて頷いた。だいぶ心構えが出来た。可愛く美しいお嫁さんを貰う以上、多少の我慢は当然の義務である。その上で彼女を大切にし、出来るだけ叱られる場面を減らす。これが家庭円満の秘訣だった。
「あと大切な追加があります」
アスタロトが思いだしたように付け加えた。
「妻が話しているときは遮らずに最後まで聞くこと。その最中に書類に手を伸ばしたり、やりかけの作業を再開することはお勧めしません」
妙に具体的な状況が語られ、全員が心の中で呟いた。なるほど、それを行って公爵夫人アデーレはあそこまでアスタロトに厳しいのか……と。あの夫婦の力関係の秘密が見えた気がする。尻に敷かれる一端がここにあったのか。
「それはそうと……今日は衣装合わせだったか」
「ええ、とても美しいでしょう」
うっとりするジンの相槌に、グシオン達も同意する。それぞれに相思相愛の婚約者だ。政略結婚という考え方がない魔族にとって、結婚は心の底から祝う行事だった。
「今後のために宝飾品を扱う店を増やした方がいいな」
「指輪専門店が必要では?」
「僕は緑柱石を掘り起こしましたが、皆さんは何の宝石にしました?」
婚約指輪について盛り上がり、その後で結婚指輪も必要になると聞いた翡翠竜が青ざめた。
「僕っ! 結婚指輪を用意してない!!」
「ルシファー様はご用意なさったとか」
「廃坑でピンク・ダイアモンドの塊をくり貫いた」
どうだ! 自信作である、ピンク・ダイアモンドの輪を二つ取りだす。豪華な宝石箱に鎮座する指輪を見たアスタロトの眉が顰められた。
「まさか、拳大のピンク・ダイアですか?」
「そうだが……」
「ベールにバレる前に新しい宝石を準備してくださいね。あれは8点目の魔王の王冠に使う予定だったんですから」
「え?!」
そうだっけ? 焦るルシファーは収納の中に残る大粒の宝石をいくつか取りだし、似たようなサイズの金紅石で誤魔化すことにした。
「女性とは繊細な生き物です。不条理なことを言われても、ひとまず反論は飲み込みましょう。説明や言い訳は落ち着いてから、ゆっくりと。言い包めようとしてはいけません」
これから結婚式を迎える男達は、夢を粉砕された。愛しい女性と幸せになる。その点に間違いはないのだが、男女の考え方の違いをしっかり叩き込まれていく。
「反論禁止だと、言われっぱなしっすか」
アベルがうーんと唸る。それに対し、教師役のアスタロトは淡々と返した。
「興奮した状態の女性に何か話しても聞こえていません。気持ちが落ち着いてから話すのが正解ですね」
「癇癪を起こしたときのリリスみたいだな」
ある程度大きくなってからは見せないが、幼い頃のリリスはよく癇癪を起した。その時は説明しても宥めても聞いていない。自分の経験に照らし合わせて、ルシファーは納得した。
「僕は反論なんてしません。叱られるのはご褒美です」
得意げな顔をしたアムドゥスキアスだが、ぴしゃりと言い負かされた。
「叱られるのと話し合いは違います。それは下僕であり、夫ではありません」
がーん! 顔にショックだと浮かべた翡翠竜が考え込んでしまう。この時点でジンとグシオンは冷静だった。特に疑問もないらしい。
「グシオンとジンは、大丈夫なのか?」
「うちは姉や妹がいますので慣れています」
ジンがあっさり肯定する。その脇で、グシオンも肩を竦めた。
「俺の家系も女性の方が強くて、祖母や母を見てきたから反論の危険性は身に染みている」
まさかの達観振りだった。今回、思わぬ状況で報告書を届けに来て巻き込まれたストラスは俯く。イポスの婚約者なので、今後のために参加を強制されていた。
「ストラス、あなたはどうですか」
父に話を向けられ、困ったような顔で笑う。アスタロトとアデーレの間に生まれた次男だが、上も兄で女兄弟はいない。女性への耐性はあまりないはずだった。
「僕はイポスが無茶を言うと思っていません。彼女はちゃんと理由を説明してくれますから。それにイポスの我が侭なら……聞いてあげたいんです」
「仲間だ!」
アムドゥスキアスが目を輝かせるが、アスタロトに「全然違います」と一刀両断にされた。全然違うと思うので、ルシファーも苦笑いするだけだ。
「夢も希望もない……」
項垂れるアベル。そこへ休暇の追加申請書類を提出に来たイザヤが加わった。
「結婚はいいぞ。最愛の人が自分だけの奥さんになって、美味しい手料理を振舞ってくれる。もちろん俺が作った料理も嬉しそうに食べてもらえた。可愛い我が子も生まれて、何も不満はない」
幸せを目いっぱいお裾分けするイザヤに、男性達は顔を見合わせて頷いた。だいぶ心構えが出来た。可愛く美しいお嫁さんを貰う以上、多少の我慢は当然の義務である。その上で彼女を大切にし、出来るだけ叱られる場面を減らす。これが家庭円満の秘訣だった。
「あと大切な追加があります」
アスタロトが思いだしたように付け加えた。
「妻が話しているときは遮らずに最後まで聞くこと。その最中に書類に手を伸ばしたり、やりかけの作業を再開することはお勧めしません」
妙に具体的な状況が語られ、全員が心の中で呟いた。なるほど、それを行って公爵夫人アデーレはあそこまでアスタロトに厳しいのか……と。あの夫婦の力関係の秘密が見えた気がする。尻に敷かれる一端がここにあったのか。
「それはそうと……今日は衣装合わせだったか」
「ええ、とても美しいでしょう」
うっとりするジンの相槌に、グシオン達も同意する。それぞれに相思相愛の婚約者だ。政略結婚という考え方がない魔族にとって、結婚は心の底から祝う行事だった。
「今後のために宝飾品を扱う店を増やした方がいいな」
「指輪専門店が必要では?」
「僕は緑柱石を掘り起こしましたが、皆さんは何の宝石にしました?」
婚約指輪について盛り上がり、その後で結婚指輪も必要になると聞いた翡翠竜が青ざめた。
「僕っ! 結婚指輪を用意してない!!」
「ルシファー様はご用意なさったとか」
「廃坑でピンク・ダイアモンドの塊をくり貫いた」
どうだ! 自信作である、ピンク・ダイアモンドの輪を二つ取りだす。豪華な宝石箱に鎮座する指輪を見たアスタロトの眉が顰められた。
「まさか、拳大のピンク・ダイアですか?」
「そうだが……」
「ベールにバレる前に新しい宝石を準備してくださいね。あれは8点目の魔王の王冠に使う予定だったんですから」
「え?!」
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