上 下
1,352 / 1,397
99章 変化し続ける世界の中で

1347. 部屋の小さな間違い探し

しおりを挟む
 なんとか書類を片付け、リリスとの夕食は間に合った。着替え直後に乱入した件について改めて詫びるが、彼女は怒っていない。普段から入浴も就寝も一緒なのに、着替えくらいで怒る理由がなかった。何なら、夜着への着替えはルシファーが行っているのである。

「でも、ルカ達はびっくりしちゃうわ」

「そうだな。すっかり忘れていて……すまなかった」

 リリスが怒っていたのは、他の少女達への気遣いだった。リリスだけなら「もう」と頬を膨らませて終わる程度の話だ。だが婚約者がいる結婚間近の少女達は違う。着替える部屋に、異性であるルシファーが入ったら噂になるかも知れない。いくら魔王がリリスに惚れていても、万が一を噂されたら傷つくのは彼女達なのだ。

「反省した。次からは周囲の魔力も探って連絡する」

 緊急事態以外は……と条件をつけたものの、リリスはふふっと笑って腕に抱き着いた。

「今夜は赤い薔薇がいいわ。あとね、香りのいい花を見つけたの」

 ふわりと香る小さな白い花は、木に咲く。夜になるとほんのり銀色に光ることから、夜光花と呼ばれる。同時に、夜に香ると書くこともあった。

「夜香か、そういえばここ数日いい香りがしていた」

「これをお風呂に浮かべたら素敵よ」

 無邪気に提案するリリスに頷き、食後に一緒に摘みに行く約束をする。用意された料理に舌鼓を打って、お茶も楽しんだ。デザートは季節のフルーツの盛り合わせで、秋も深まるこの季節は種類が多く豪華だ。

「あーん」

「リリスも、あーん」

 お互いに食べさせ合い、にこにこと笑顔を交わす。仲の良い二人の様子に、侍従達も安心した顔で片付けを始めた。気に入った葡萄を手元に残し、残りはすべて下げられていく。魔王城から出る残り食材は、魔獣達のご褒美だった。そのため、綺麗に食べ残すのがマナーになっている。

 最初から食べられる量だけ取り分けるスタイルで、コース料理のように個々に盛り付けることがないのも、この習慣が理由だった。残飯のように混ぜず、残った料理を元の姿のまま提供するのが礼儀である。

 仲良く葡萄を摘んだ後、残りを皿に置いて立ち上がった。窓が開いているが問題はないだろう。カーテンを揺らす風に背を押される形で、リリスとルシファーは部屋を出た。裏庭に植えられた夜光花の木を求め、ふらりと散策する。ほんのり月光を帯びたように明るい木を見つけ、近づいてハンカチを広げた。

「揺らすぞ」

「いいわ」

 一緒にハンカチを広げて、風を起こして枝を揺らした。咲き終えて散る間際の花から落ちてくる。ハンカチの上に降った花を集めて包んだ。

「このままハンカチごと沈めるか?」

「ううん。散らしたら綺麗だと思うわ」

 アデーレにバレる前に魔法で片付ければ叱られることもないだろう。そう考えたルシファーはあっさり頷いた。

「そうだな、散らそう」

 再び腕を組んで歩き、部屋まで戻った。花を包んだハンカチを手に風呂へ向かうリリスを見送り、ふと部屋の光景に違和感を覚える。何かおかしい。出かける前の光景と違う気がした。

 じっくり端から確認するが、リリスの呼ぶ声が聞こえ後回しにする。

「ルシファー、早く」

「わかった。今いく」

 考えるのを後回しにし、ルシファーはいつも通り風呂に入る。リリスの黒髪を丁寧に洗い、彼女が体を洗っている間に自分の髪や体を洗い終えた。湯船に浸かって、夜香花の心地よい香りに包まれる。頭の中は、部屋の違和感の正体を探り続けていた。

「あっ!」

「どうしたの?」

「部屋の葡萄が消えた」

 間違い探しのように比べた風景の違いを見つけ、ざばっと立ち上がる。

「きゃぁ! もう、ルシファーったら」

 びしょ濡れになったじゃないの。唇を尖らせるリリスに謝り、再び髪と体を洗うのを手伝ってから入浴を終えた。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、 【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。 互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、 戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。 そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。 暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、 不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。 凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、内容が異なります。

処理中です...