上 下
1,309 / 1,397
96章 迷探偵は魔王城に住んでいる

1304. 魔族を敵視する存在?

しおりを挟む
 夕食後の入浴中、ルシファーはいつも通りリリスの黒髪を洗っていた。彼女がお気に入りのハーブオイルが入ったリンスをよく馴染ませ、軽く温風を当てて染み込ませる。優しく流し始めたところで、リリスが「あっ!」と大声を上げた。

 お湯が熱かったのかと心配したルシファーへ、リリスが振り返りざま手をついた。問題箇所なので、直接的な表現を避けるが……まあ、大事な場所にぐいっと体重をかける形になった。

「っ、ちょ……リリス、落ち着け」

 リリス以上に慌てふためいたルシファーが、リリスの重さを地の魔法で無効化して事なきを得る。ルシファーの痛みと魔王様の魔王様が膨張という悲劇は生み出したが、リリスはまったく気にしなかった。ある意味、この2人にとって通常運転だ。

「何があった?」

「あのね! 今日の脅迫文、最後にアシュタが持ってたの、あれ、小説の一文だけど少し違うのよ」

 違和感があったのよね、そう付け足しながらリリスは大人しく髪のリンスを流される。洗い終えた髪をそのままに、平然と湯船に浸かるリリスを後ろから抱き締めて、ルシファーは話の先を促した。

「何が違うんだ?」

「あの文章、魔族を片っ端から殺すって書いてあったじゃない? でもね、小説だと通行人を殺すと脅してるの。出店の前のカフェコーナーの話だもの」

 城下町を含め、大きな都市によく見られる場所だ。通称カフェコーナーと呼ばれており、大きな広場の周囲に出店が並ぶ。中央部分を開けてそこに各店が用意したテーブルセットを置く。出店で買い物をした人は、自由に机を使える仕組みだった。店の規模により用意するテーブルセットの数が決まるため、買った店のテーブルを使う義務もないのが便利だ。

 この世界に合わせて書かれた小説なら、魔族を片っ端から殺す表現は確かにおかしい。イザヤの性格上、無用なトラブルを起こす文面を使わないだろう。何より、魔族という括りで話すことはなかった。誰かを憎んだとしても種族名や翼ある者、など特徴を含んで話すことが多い。

 魔族全体を敵視するとなると……人族くらいしか思いつかないが。彼らはつい最近壊滅状態にしたばかりで、新しく生まれた子もまだ子どもだろう。いくら害虫並みの繁殖力を誇ろうと、数年で魔族に攻撃を仕掛けるほど数が増えるはずがなかった。

「魔の森は眠りかけで情報が入らないの。でも小説のトリックを使っておいて、文面を弄るなんて失礼よ!」

「ああ、そうだな」

 相槌を打ちながら、その場合の失礼は脅迫文として使うことそのものではないか? と思った。だが指摘すると意味不明の反論が長く返ってくるため、ルシファーは流す。湯に浮かべた花びらを沈めたり、千切って匂いを出すリリスはざばっと湯を切って立ち上がった。

「きっと悪い奴だわ! 私が成敗してやるんだから!!」

 そう言い置いて出て行った。揺れた湯がかかった顔を拭うルシファーの鼻から、赤い血が伝う。目の前でいきなり立ち上がるから、いろいろと近距離で見てしまった。刺激が強すぎる。鼻を押さえて血を洗い、ルシファーは苦笑いした。

 リリスらしい。小さい頃から変わらなくて、だが色々と変化した。お転婆で真っ直ぐで可愛らしい。彼女の気が済むまで、探偵ごっこに付き合うとするか。

 自ら魔法で髪を乾かすリリスは、アデーレが用意した保湿用のハーブ水をペタペタと肌に塗り広げていた。香りが気に入ったようで、愛用している。手入れが終わると本を手に立ち上がった。

「ルシファーも読んで勉強してね」

 ベッドに潜り込みながら、リリスは本を押し付ける。作者名に記号に似たトリイのマークが入った小説は、恋愛と推理が混じったという新作だろう。素直に受け取ったルシファーは読破した後、朝まで考え込んだ。

 ――人族が蘇る可能性って、どのくらいだ?
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです! 12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。  両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪  ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/07/06……完結 2024/06/29……本編完結 2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位 2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位 2024/04/01……連載開始

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処理中です...