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94章 突然のベビーラッシュ

1290. 長寿の秘訣は単純です

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 固まるルキフェルが、突然大声を出した。両手を叩いて、悔しそうに吐き出す。

「そうだよ、なんで気づかなかったんだ! 常に片側から動力を供給すればいいだけじゃないか!」

 出発する側から供給するもの、そう思い込んでいた。だが魔力を着払いにすればいい。到着地点から供給する形を取り、引き寄せて貰えば魔力はいらない。使用する際に僅かな合図や道具ひとつで簡単に飛べるだろう。自分に魔力が溢れているからこそ、見落とした部分だった。

 ベールは苦笑いしながら見守る。気にした様子なく、ルシファーは焼き菓子を口に放り込み、お茶を飲んだ。しばらく騒ぐルキフェルを放置した後、さらりと期限を切る。

「それで、保育園完成には間に合いそうか?」

「間に合わせるよ、僕に任せて」

「わかった。魔法陣の設置は一任する。抜けがないように頼むぞ」

 すでにアスタロトが割り出したポイントを記載したリストを手渡す。思ったより数の多い拠点に、一瞬息を飲んだものの……ルキフェルは前言撤回しなかった。どうしても間に合わなくなれば、ベールやルシファーが手伝ってくれる。人を頼ることを知るルキフェルだから、周囲はあまり心配しなかった。

 その意味で一番心配なのは、アスタロトだ。ギリギリまで自分で抱え込んで、突然パンクする。彼の仕事を回されても、ルシファーが拒否しない理由のひとつだった。最近やっと頼ってくれるようになったのだ。

 ベールも似た部分があるが、ルキフェルと組んでから倒れることが減った。無茶をしなくなったのだ。以前倒れた時、まだ幼児姿のルキフェルが泣いて叱ったのが、効果的だったらしい。さっさと根を上げて逃げ出すルシファーのような軽さがあれば、部下も気が楽なのだが。

「一方通行の魔力供給の試作品だ。ついでにテストしてくれ」

 自分なりに完成させた魔法陣をルキフェルに預ける。ルシファーの信頼に応えるように頷き、ルキフェルは焼き菓子を袋に入れて出て行った。

「……まだ2枚しか食べてなかったんだが」

 息抜きの茶菓子が消えて溜め息をつくが、苦笑いが口元に浮かぶ。久しぶりに新作魔法陣も作ったし、今後は様々な民が自由に遊びに来られる。楽しくなりそうだ。わくわくする気持ちで立ち上がり、処理が終わった書類の横をすり抜けた。

「陛下、お話がございます」

「お、おう……」

 予想外のタイミングで声をかけられ、ベールの向かいに座る。なんだか叱られる前の気分だが、特に心当たりはない。銀髪の青年は青い瞳を細めて、にっこりと笑った。純白の魔王は逆に腰が引けて、逃げる準備を始める。

「リリス姫のことです。礼儀作法も知識もだいぶ身に付いて、雰囲気も落ち着いて来られた。後はダンスの練習です。ぜひ陛下にお相手をお願いしたく」

「当然だ! オレが務める!!」

 誰かに譲る気はない。大きく譲歩しても教師までだった。勢い込んで名乗り出る魔王へ、側近のベールは穏やかに頷いた。

「ではお願いいたします。可能であれば、本日より階下のホールでお相手をいただけると助かります」

「もちろん、時間を作るさ」

 機嫌よく出ていった魔王を見送り、ベールは安堵に胸を撫で下ろした。教師を務めるアデーレから、男性のパートナーを探してくれと頼まれたが……誰を紹介しても問題がある。何しろ、8万年も独身を貫いた魔王の伴侶だ。彼女が誰か別の異性と踊る姿を見たが最後、城が崩壊するほど暴れる可能性があった。相手の命も保証できない。

 ダンスパートナーを紹介出来ない以上、魔王自身が相手を務めるしかなかった。大公クラスなら問題は大きくならないが、忙しすぎて無理だ。それにルシファーの意識がリリスとのダンスに向く、この隙に着手したい案件もあった。

「陛下は単純で……そこがまた魅力なのですが。時折心配になります」

 ベールの独り言に、入室したアスタロトが返した。

「単純だから長生きできるんですよ、我々も含めてね」

 いろいろと複雑に考えるわりに、すぐ放棄する。その意味では全員大差なかった。長生きのコツ、秘訣と呼ぶにはあまりに乱暴だが、ある意味で真理なのだろう。

「反論できません」

 くすくす笑うベールの脇を抜けて書類を回収したアスタロトは、廊下の先で足を止める。

「……先手を打ちますか」
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