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91章 天才恋愛作家現る?

1237. 娯楽の普及も魔王の業務です

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 夢中で読み進めるリリスの速度は早く、その手元を覗くルシファーも同様に速読していく。静かな時間が流れ、ルーサルカは刺繍を始めた。シトリーとルーシアは書類の処理、レライエは婚約者のアムドゥスキアスにブラッシング中である。

 さして急ぎの用事もないため、読書は捗った。半分以上読んだところで、リリスが「ほぅ」と甘い吐息を漏らす。婚約者に捨てられた令嬢が、別の男性に告白されたシーンだった。甘い口説き文句が続く場面で、リリスの手がゆっくりになる。

 ルシファーが様子を窺うと、何度も同じ文字を目で追っていた。気に入った文章を焼き付けるように繰り返し目を通すリリスの頬はほんのり上気している。よほど気に入ったのか。

 話の内容は、婚約していた貴族令嬢が濡れ衣で罪を被せられ、婚約を破棄される。別の女性を侍らせた元婚約者に見切りをつけた令嬢は、その場で別のもっと高位の貴族に告白される話だった。人族の貴族なら上位下位と貴族の称号に意味を付けるが、魔族にはあまり関係ない。

 事実、レライエは大公ルキフェルの親族だが貴族ではなく、シトリーの婚約者はデカラビア子爵家のグシオンだ。侯爵令嬢のルーシアの婚約者は、風の精霊族だが貴族ではないジン。魔族にとって爵位の有無は結婚にあまり関係しないのだが、これは別の価値観を持つ者が書いた話らしい。

 価値観が違うからこそ、物語としては興味深かった。魔族ではあり得ない設定も、他人事として読むなら面白い。婚約を解消することは魔族にとってさほど珍しくなく、大半は円満に別れる。まれに揉めることもあるが、各種族の族長や貴族が間に入って丸く収めるのが通例だった。

 この物語のように一方的に破棄して、相手に補償や謝罪もしない馬鹿は考えにくい。だが物語の導入部分としてはインパクトがあった。何より、この話の重要な部分はその後なのだ。傷ついた女性を優しく癒す、次の婚約者の存在が女性達の心を掴むらしい。

 よく考えられた構成に、大流行を巻き起こした才能の一端を垣間見て、ルシファーはリリスがページを捲るのを待った。続きが気になる、という点で娯楽小説として大成功だろう。この作家の支援から始めて、徐々に他の作家にも範囲を広げていけば、絵本を含めた娯楽文化の発展が見込まれるか。

 魔族の文化や考え方の変化は緩やかだ。それだけ寿命が長いこともあり、急激な変化は好まれない。だから数十年の時間をかけて、新たな娯楽を普及させる計画を立てることにした。娯楽として読書が広まれば、魔獣達も本を読むかもしれない。彼らが捲りやすい本の開発も頼んでみようか。

 あれこれと夢を膨らますルシファーの手元で、リリスがぺらりと紙を捲った。求愛シーンを満足するまで読んだらしい。

 前の婚約者に冤罪と罵声を浴びせられたことで、臆病になる主人公を高位貴族の男性が熱心に口説く。一方的に気持ちを押し付けるのではなく、引く姿勢を見せるところは参考になるな。ルシファーは目を通し終わると、リリスが堪能するのを待つ。

 購入予約した本が届いたら、本の普及と識字率のアップを提案してみよう。こういった文化的な事業なら、大公女達に任せても大丈夫そうだ。軍の指揮や辺境の見回りを頼むは気の毒だからな。レライエは楽しくこなしそうだが。適材適所でいいだろう。

 あれこれ考えるルシファーに、リリスがぱちりと瞬きして声を掛けた。

「ねえ、この本のお話だけど……書いた方に心当たりがあるわ」

「「え?」」

「ご存じなのですか」

 騒ぐ大公女達が一斉に詰め寄る。

「たぶん、知ってる人よ。みんなも知ってるもの」

 知り合いの名前を指折り数えながら羅列する4人の少女達に、微笑んだリリスが答えを口にした。さらに騒ぎは大きくなるが、ルシファーは逆に納得しながら頷いた。
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