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90章 臆病な精霊女王の恋愛事情

1234. 驚き過ぎて失礼な反応

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 婚約が調ったと報告した途端、あんぐりと顎が外れそうなほど驚いたベールの横で、ルキフェルが研究用のビーカーを落とした。得体の知れない紫の煙が出る緑のネバネバが床に染みこんでいく。

「ルキフェル、それ……危険はないのか?」

「安心して。床が溶けるくらいだよ。それより、本当なの? あのベルゼビュートが婚約!? 本当に絶対? 嘘じゃなくて?」

 そんなに確認するほど異常事態だろうか。ぽかんと口を開けたベールの顔を見ながら、首を傾げる。失礼なほど驚くベールの足元を、緑のネバネバが逃げていった。あれは生き物だったのか。

「ルキフェル、逃げてるぞ」

「うん、捕まえるけど。ベルゼビュートの婚約の衝撃が凄すぎて、どうでもよくなるよね」

「ロキちゃん、緑のが何か飲み込んでるわ」

 うろちょろするネズミを捕まえて襲い掛かるネバネバに、リリスが目を見開く。ああ、うんと答えながらルキフェルは素手でネバネバを回収した。ビーカーに流し入れようとするが、ネズミが引っ掛かって入らない。ようやく我に返ったベールが悲鳴を上げた。

「ルキフェルっ! その溶解生物が手に!?」

 もごもごとネズミを咀嚼する姿が、まるでルキフェルの手を食べているように見えたらしい。ベールの一撃でネバネバはビーカーに逃げ込んだ。炎が弱点らしい。鳳凰の炎も操るベールの高温攻撃により、得体の知れない液状生物の脱走騒動は収束しそうだ。

 もそもそと怯えた様子を見せる液状生物を見つめる魔王とリリスをよそに、ベール達はひそひそと衝撃の事実を確認し合った。

「いま、幻聴が聞こえましたが……」

「僕も夢かと思ったけど、本当らしいよ。あのベルゼビュートが嫁に行くって」

「ルキフェル、嘘はいけません」

「僕だって信じられないよ。だけどさ、現実を見ようよ」

 いい加減失礼なのではないだろうか。苦笑いしたルシファーが窘めようと口を開くより早く、アスタロトが駆け込んできた。

「大変です。天変地異の前触れです! 早く何らかの対策を取らないと……まずは民の魔王城への避難を誘導し、それから」

「何があったか、説明しろ」

 ルシファーの表情が引き締まる。民に危険が及ぶ天変地異の前触れとあれば、ルシファー自身も表に出て対応しなくてはならない。きりりと表情を引き締めたのはリリスも同様だった。

「あのベルゼビュートが求婚されて頷いたとか、もし事実なら世界が崩壊するかもしれません」

「いやいや、お前達は彼女を何だと思ってるんだ。目の前で見てきたが仲睦まじいし、相手もなかなかの好青年だったぞ」

 魔獣になるとメスだけど、それは不要な情報なので省く。絶対に現状で混乱を招く追加情報だからだ。リリスがムッとした顔で腰に手を当てて怒り出した。

「もう! 姉さんの幸せをどうして素直に喜んであげられないのよ!! 最低よっ!!」

「だって、ベルゼビュートだよ? 今までの彼女の振る舞いを思い出して、それでも結婚できると思う?」

 ルキフェルが空を仰いで嘆く。気持ちが理解できるルシファーは苦笑いし、逆にリリスはさらに激怒した。真っ赤な顔で怒鳴る。

「出来るわよ! ベルゼ姉さんは純粋だし、すごく可愛い人なのに。みんな誤解してるわ!!」

「……まあまあ。落ち着け。婚約の話は本当で、オレとリリスの結婚式の前に結婚予定だから、祝いの品を選んでくれ。装飾品はダメだが、それ以外で候補を上げておいてくれると助かる。じゃあ」

 これ以上一緒にしておくと遺恨が残るケンカになりそうだ。距離を置くのが一番、年の功でそう判断したルシファーはリリスを抱き上げて強引に離脱を計った。最低限の用件は伝えたので問題ないだろう。

 リリスが生まれるより前のベルゼビュートを知っている男性達は、皆似た反応を示す可能性がある。お相手のエリゴスの耳に入る前に、箝口令を敷く必要がありそうだ。
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