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90章 臆病な精霊女王の恋愛事情

1232. 腹を割って話せば分かる

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 魔獣のエリゴスは酒類を遠慮したため、ベルゼビュートも口をつけなかった。ルシファーは祝いの席でなければ飲酒しない上、リリスが未成年扱いなので普段からテーブルにアルコール飲料が並ぶことはない。正直、油断していた。

「ぷはっ」

 何かを一気飲みしたリリスに気付き、視線を向けたルシファーが固まった。動きの止まった右手から箸が転げ落ちる。食器が奏でる音にびっくりしたベルゼビュートは、動かない魔王と真っ赤な顔のお姫様の様子に状況を悟った。

「飲んじゃったのね?」

 手をつけずに置いてあった酒は、ワインより強い蒸留酒だ。白ワインを濃縮させた蒸留酒は、見た目こそ淡い琥珀で綺麗だが、強烈な二日酔いを引き起こす酒だった。ベルゼビュートは飲み慣れているので、がくりと肩を落とす。明日のリリスは二日酔い確定だった。

 不純物抜き取りの魔法陣で、蛇を解体した実績持ちのルシファーは、アルコール分離を行えない。トラウマに近いあの光景には今も、蛇と二日酔いに対する強烈な嫌悪感が残っていた。

 青ざめたルシファーが、大急ぎでコップを濯いで水を溜める。差し出すが真っ赤な顔のリリスは嫌がって飲まない。水の入ったコップを振り回して水をばら撒き、げらげらと笑う始末だ。酒癖はベルゼビュートと張るほど酷い。

「ど、どうしよう」

 おろおろするルシファーをよそに、ベルゼビュートは立ち上がってリリスの手を掴んだ。目をぱちくりと瞬いたリリスは一度動きを止め、すぐにまたのけぞって大笑いを始める。笑い上戸らしい。

「陛下、私が寝かしつけてきますわ。それとアルコールを抜いておきます」

「助かる、頼むぞ」

 自分では出来ないので、過去にもベールやアスタロト、ベルゼビュートに頼ってきた。幼いリリスがワインの一気飲みをした時も、助けてやれずに困っていたくらいだ。慣れた様子で酔っ払いリリスを連れて退室するベルゼビュートを見送り、残されたエリゴスに詫びた。

「申し訳ない。目を離した隙に飲んだようで、女性同士なので許してやってくれ」

 婚約者を残して退出したベルゼビュートの行為を擁護すると、エリゴスはゆっくり首を横に振った。

「気にしませんので、お気遣いなく。それより、魔王陛下は何か気になることがおありですか? 私が彼女の夫では、実力が足りないのは分かっております」

 だから実力者でもないエリゴスと女大公が結婚するのは不満があるのでは? そう匂わせる彼は僅かに目を伏せた。釣り合わないと自覚しているエリゴスの様子に、ルシファーは良い機会だと話を続けた。

「どちらかといえば、本当にベルゼビュートで問題ないのかと問いたい。彼女は知っての通り……ずっと結婚相手に恵まれなかった。婚約した相手に逃げられたこともある。家事は全く出来ないぞ。酒を飲めば管を巻くし、賭け事も好きだ。いいのか?」

 わざと悪い部分だけを口にする。するとエリゴスは穏やかに応じた。

「心にもないことを。ベルゼビュート様はお美しく、心根は真っ直ぐで優しい方です。他種族への偏見もお持ちでない。透明なのにしっかりした芯がある女性で……手が届かないお方だと思っておりました。触れて構わないなら、離したくないのです」

 目を細めて話を聞いたルシファーは、安堵の息を吐いた。どうやら外見だけでなく、彼女の本質をある程度見抜いている。魔獣ゆえに本質を見極める能力が発達しているのだろう。

「魔獣の時はメスで、現在は男性の姿だが……どちらが本体だ?」

 聞きたかった本題を尋ねると、こてりと首を傾げたエリゴスが少し考え込む。まさかリリスの話が間違ってたとか? そんな疑惑がルシファーを満たす頃、ようやくエリゴスが口を開く。

「本体はどちらも、としかお答えできません。ただベルゼビュート様が私の顔をお気に召したようですので、可能な限り今の姿を維持しようと考えています」

 本当に雌雄の区別がないのか。驚いたらいいのか、感心したらいいか。分からぬまま、見つめ合ううちにベルゼビュートが戻ってきた。

「あら、陛下。気に入ってもエリゴスはあげませんわよ?」

「安心してくれ、リリス一筋だ」

 即答して、リリスの無事を聞いたルシファーは立ち上がる。食後のお茶で尋ねる予定の質問は終わった。リリスに付いててやりたかった。

「幸せになれ、ベルゼ。エリゴス、彼女を頼んだぞ」

 頷き見つめ合う2人を残し、ルシファーは足早に寝室へ向かう。うちのお姫様が起きていなければいいが。
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