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88章 何事も過ぎれば害

1212. 物騒な与太話に踊る阿呆

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 小型のドラゴンは、レライエが抱っこする翡翠竜とさほど変わらない大きさだった。少女でも両手で抱き抱えて運べるサイズだ。ルキフェルや翡翠竜アムドゥスキアスなら、己のサイズを如何様にも操れる。だが……通常は無理だった。

 人化したら小さくなるが、ドラゴンのまま小さくなる方法は魔力制御が難しい。その法則からいけば、目の前にいるドラゴンはまだ子どもだった。特殊なドラゴンで小型の者もいるが、この子は違う。

 同族という以上に、震える子どもを脅かす大人達の態度が気に入らない。水色の目を細めたルキフェルが、口角を持ち上げた。

「ねえ、僕の質問を無視するの?」

 いつからそんなに偉くなったのさ。大公の問いかけに答えないデュラハンが、膝をつく。瞳孔が縦に割れて怒りに輝いた。デュラハンは首無し騎士と呼ばれるが、その亜種で幽霊のような半透明の種族がいる。彼らはその亜種だった。実体が曖昧なので、幽霊のように壁をすり抜けたり、屈折を変えて姿を誤魔化すことがある。

 さっきのアベルのフリした奴は仲間か。僕をここから遠ざけたかった理由は、このドラゴンだね。

「くそっ、あと少しで」

 破れかぶれに振りかざした剣を、ルキフェルは右手の爪で弾いた。肘から先を竜化させて、鱗で覆う。笑みを深めた顔は口が大きく裂け、鋭い牙が覗いていた。攻撃色を強く出した瑠璃竜王の手から、拘束用の魔法陣が放たれる。

「簡単には殺さない。そうだろう? その子の恐怖を数倍にして味合わなきゃ。僕はね、容赦とか加減が苦手なんだ」

 覚える気もないけど。吐き捨てたルキフェルは、左手に新たに呼び出した魔法陣を展開した。魔王城内の防御システムの半数は眠っている。様々な魔族を魔王城に住まわせるということは、城の防御を最低レベルまで落とす必要があった。種族によって影響を受ける魔法が違うからだ。そのシステムの穴を利用して、他者を害するなら……処分してもいいよね。

 城の防御を担当し、様々な種族の調整を行う大公の裁量範囲内だ。

「ベール、手が空いてるなら来て」

「ルキフェル、何がありました?」

 城内の転移禁止も解除されているため、呼ばれたベールはすぐに現れた。不思議そうに目の前のデュラハンとドラゴン、それから怒りに燃える養い子を見て……銀髪を揺らして頷く。

「手伝いましょうか」

 あなたの決断なら支持します。そう告げたベールは、ただ同意を示した。震える子竜を結界で包んだルキフェルが、転移で手元に引き寄せた。震える子竜はまだ話せる年齢ではない。だが触れた鱗から恐怖と混乱が流れ込んでくる。その言葉にならない悲鳴と、傷つけられた鱗が全てを物語っていた。

「まだあんな与太話を真に受ける奴がいるなんて、思わなかったな」

 竜の肉を喰らうと長らえる――魔族ではなく、人族に伝わる話だ。効果がないと証明されたのは数千年前だった。生きた竜を喰らえば寿命が伸び、力を吸収して強くなれる。そんな嘘を信じるのは人族くらいだと思ったけど、どこかで中途半端な話を聞き齧ったらしい。

「竜を食えば、俺たちもデュラハンになれるんだ!」

「そうだ、よこせ」

 魔法陣で拘束されても騒ぐ彼らに、ベールが事情を理解して微笑んだ。危険な兆候を知らない男達に、ルキフェルは無邪気に強請る。

「欲しがってた肉体を与えてから、引き裂いて燃やしたい」

「それがルキフェルの望みなら」

 物騒な会話の後、ルキフェルは言葉通りの処罰を与えた。ルシファーがいれば別の罰で、もっと楽に死なせてもらえたのだろう。しかし止める者がいない魔王城で、彼らはこの世の地獄を味わった。

「君は親から離れちゃダメだよ」

 言い聞かされて帰された子竜が成長し、ルキフェルの助手になりたいと研究室に突進してくるのは、これから数十年後の出来事だった。
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