1,212 / 1,397
88章 何事も過ぎれば害
1207. 人的被害はなさそうです
しおりを挟む
命令を受けて、侍従や侍女が大急ぎで部屋を開いていく。種族や家族単位で固まって城内へ入る魔族は、一様にほっとした顔だった。中庭にも軍のテントが用意され、治療や物資の配布に列ができていく。
「城内における物資の転送を許可する! 人は転移できないから注意しろ」
魔王城に仕掛けられた安全装置をひとつ外し、物資の転送を始める。これで食料の列は解消できるだろう。中庭に送られた順番に治癒を施していくため、城内にケガ人はいないはずだった。
「治癒はこっち、まとめていくわよ」
ベルゼビュートが声を張り上げて、まとめて治していく。自慢の巻毛が水に濡れてストレートになっている。それを無造作にかき上げ、くるりと巻いて固定した。
「早くなさい、後ろが詰まってるの」
中庭は即位記念祭以来の混雑だった。リリスは大公女や護衛のヤンと城内に引っ張り込まれ、屋内で手伝いを始める。それを確認して、ルシファーは再び救助側に加わった。
途中で魔王軍の精鋭達と合流し、状況確認を行う。アスタロトが分割した地図の担当区域に従い、ベール指揮の下、魔王軍は動いていた。担当地区の集落を回り終えた彼らは、逸れたり逃げる途中で力尽きた魔族を探している。索敵用に開発された魔力感知の魔法陣を地図に重ね、効率的に動いていた。
「空白地帯はないか?」
「そうですね。特にないと思われます」
ここは魔王軍に任せるべきか。何かあれば魔王か大公を呼ぶように追加の指示を出し、ルシファーは一度戻った。もうほとんどの種族は避難したらしい。中庭のテントから溢れた人々は、研究棟や謁見の間も解放して収容された。アラクネの里から、受け入れ可能の連絡が入ったと侍従が走っていく。魔獣の一部が避難することになり移動を始める。
「ルシファー様、ほぼ全員の避難が完了しましたが……せっかくなので戸籍制度の協力要請を行いましょう」
アスタロトがずぶ濡れになりながら近づいた。姿が見えないと思ったら、避難した民の誘導や管理に忙しかったらしい。報告書用のメモを片手に、彼は濡れて張り付く金髪をかき上げた。
「戸籍……アンナ達の提案だったな」
「ええ。ここまで魔王城に集まることも少ないですし」
ぐるりと見回して許可を出す。そのまま備蓄の調整から、今後の復旧費用の捻出に至るまで話し合っていると……リリスが走ってきた。膨れっ面で無造作にルシファーの腕を掴む。
「やだ、こんなに冷えて! もう!! アシュタもでしょ? 早く中に入ってちょうだい」
ぷりぷりと怒る彼女に、思わず2人は素直に頷く。叱られた理由がわからぬまま後をついていき、城内に入るなり侍従達に手早く拭かれた。タオルを用意させたのはリリスらしい。
「リリス、どうして怒って」
「自分達がどういう立場かわかるでしょ! 倒れちゃダメな人なの、どうして濡れてるのよ!!」
腰に手を当てて怒るリリスの言葉を噛み砕き、なるほどと納得した。風邪をひくと思われたのか。
「風邪をひくほどヤワではありません」
「お義父様、こちらへ」
唇を尖らせたルーサルカに手を引かれ、アスタロトが離脱した。向こうでしっかり叱られるだろう。こちらはリリスか。ルシファーは純白の髪を自分で乾かしながら、口元を緩めた。
「心配してくれてありがとう。だが濡れても平気だぞ」
「ただの雨じゃないわ! すごく冷たいのに、濡れてるなんて」
いつもと違う雨だと繰り返すリリスが鼻を啜る。彼女は魔力で自分を覆ったらしく、濡れていなかった。ルシファーやアスタロトが同じように雨避けをしないのが気に入らないようだ。
「気をつける」
理由はあるのだが、いま説明してもリリスは飲み込めないだろう。だから言い訳せずに謝り、冷えた指を伸ばして彼女を抱きしめた。
「温めてくれるか?」
「……いいわ」
少しだけ考えて受け入れたリリスの温かな腕が、するりと背に回された。
「城内における物資の転送を許可する! 人は転移できないから注意しろ」
魔王城に仕掛けられた安全装置をひとつ外し、物資の転送を始める。これで食料の列は解消できるだろう。中庭に送られた順番に治癒を施していくため、城内にケガ人はいないはずだった。
「治癒はこっち、まとめていくわよ」
ベルゼビュートが声を張り上げて、まとめて治していく。自慢の巻毛が水に濡れてストレートになっている。それを無造作にかき上げ、くるりと巻いて固定した。
「早くなさい、後ろが詰まってるの」
中庭は即位記念祭以来の混雑だった。リリスは大公女や護衛のヤンと城内に引っ張り込まれ、屋内で手伝いを始める。それを確認して、ルシファーは再び救助側に加わった。
途中で魔王軍の精鋭達と合流し、状況確認を行う。アスタロトが分割した地図の担当区域に従い、ベール指揮の下、魔王軍は動いていた。担当地区の集落を回り終えた彼らは、逸れたり逃げる途中で力尽きた魔族を探している。索敵用に開発された魔力感知の魔法陣を地図に重ね、効率的に動いていた。
「空白地帯はないか?」
「そうですね。特にないと思われます」
ここは魔王軍に任せるべきか。何かあれば魔王か大公を呼ぶように追加の指示を出し、ルシファーは一度戻った。もうほとんどの種族は避難したらしい。中庭のテントから溢れた人々は、研究棟や謁見の間も解放して収容された。アラクネの里から、受け入れ可能の連絡が入ったと侍従が走っていく。魔獣の一部が避難することになり移動を始める。
「ルシファー様、ほぼ全員の避難が完了しましたが……せっかくなので戸籍制度の協力要請を行いましょう」
アスタロトがずぶ濡れになりながら近づいた。姿が見えないと思ったら、避難した民の誘導や管理に忙しかったらしい。報告書用のメモを片手に、彼は濡れて張り付く金髪をかき上げた。
「戸籍……アンナ達の提案だったな」
「ええ。ここまで魔王城に集まることも少ないですし」
ぐるりと見回して許可を出す。そのまま備蓄の調整から、今後の復旧費用の捻出に至るまで話し合っていると……リリスが走ってきた。膨れっ面で無造作にルシファーの腕を掴む。
「やだ、こんなに冷えて! もう!! アシュタもでしょ? 早く中に入ってちょうだい」
ぷりぷりと怒る彼女に、思わず2人は素直に頷く。叱られた理由がわからぬまま後をついていき、城内に入るなり侍従達に手早く拭かれた。タオルを用意させたのはリリスらしい。
「リリス、どうして怒って」
「自分達がどういう立場かわかるでしょ! 倒れちゃダメな人なの、どうして濡れてるのよ!!」
腰に手を当てて怒るリリスの言葉を噛み砕き、なるほどと納得した。風邪をひくと思われたのか。
「風邪をひくほどヤワではありません」
「お義父様、こちらへ」
唇を尖らせたルーサルカに手を引かれ、アスタロトが離脱した。向こうでしっかり叱られるだろう。こちらはリリスか。ルシファーは純白の髪を自分で乾かしながら、口元を緩めた。
「心配してくれてありがとう。だが濡れても平気だぞ」
「ただの雨じゃないわ! すごく冷たいのに、濡れてるなんて」
いつもと違う雨だと繰り返すリリスが鼻を啜る。彼女は魔力で自分を覆ったらしく、濡れていなかった。ルシファーやアスタロトが同じように雨避けをしないのが気に入らないようだ。
「気をつける」
理由はあるのだが、いま説明してもリリスは飲み込めないだろう。だから言い訳せずに謝り、冷えた指を伸ばして彼女を抱きしめた。
「温めてくれるか?」
「……いいわ」
少しだけ考えて受け入れたリリスの温かな腕が、するりと背に回された。
20
お気に入りに追加
4,927
あなたにおすすめの小説
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。
112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。
目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。
死にたくない。あんな最期になりたくない。
そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。
【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~
大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア
8さいの時、急に現れた義母に義姉。
あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。
侯爵家の娘なのに、使用人扱い。
お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。
義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする……
このままじゃ先の人生詰んでる。
私には
前世では25歳まで生きてた記憶がある!
義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから!
義母達にスカッとざまぁしたり
冒険の旅に出たり
主人公が妖精の愛し子だったり。
竜王の番だったり。
色々な無自覚チート能力発揮します。
竜王様との溺愛は後半第二章からになります。
※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。
※後半イチャイチャ多めです♡
※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる