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88章 何事も過ぎれば害
1204. 雨が運ぶ不安の種
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全員がアデーレの顔を緊張しながら見つめ、ゴクリと喉を鳴らした。最後の審判を待つ……ではなく、テストの採点結果待ちだった。
「ルカ、シトリーは不合格。あとは問題ありませんわ」
思わぬ結果に、ルーサルカが唸る。隣でアベルがぽんと背を叩いた。ちなみに彼は名を呼ばれなかったので合格である。
「明日からの補習付き合うよ」
「頑張るわ、お願い」
崩れるように机に付したルーサルカの後ろで、シトリーが「あはぁ」と奇妙な声を上げた。
「どうしたの?」
「合格してたら、明日から休暇だったの」
ここしばらくトラブル続きで、休暇返上が多かった。そのため纏まった休みを取れるように、アスタロト達が日程を調整していたのだ。今回補習になったので、レライエと休暇の予定を入れ替えることになる。実家に帰って兄に甘えたかったとぼやくシトリーの銀髪を撫でて、リリスがにっこりと笑った。
「仕方ないわ。早く終わらせて休めるといいわね」
「はい」
婚約者にも連絡し、予定の変更を知らせなくては。慌てて退室する彼女を見送り、レライエが立ち上がった。明日から休みなので、実家に顔を出すらしい。翡翠竜アムドゥスキアスと一緒なので、護衛の手配は不要だった。身軽に動ける立場の彼女も、休暇の準備に向かう。
「ライと婚前旅行……」
うっとりとした声で呟きを残し、翡翠竜はバッグに押し込められた。失礼しますと挨拶を残して出ていくレライエの足音が聞こえなくなる頃、リリスは窓の外の景色に目をやった。今朝から雨が降り出し、いまだに止む気配がない。強く降る雨は、庭に不規則な水溜りを作り始めていた。
「降るわね」
「この程度の雨なら問題ない」
これが数日続くと厄介だが、まだ今朝からの雨量なら問題ない。安心させようと思ったのか、ルシファーは軽い口調で受けた。窓を叩く雨音が強くなった気がして、部屋に残った人々が視線を向ける。
魔の森の木々が揺れる音が聞こえ、強い雨風が上書きするように響いた。嫌な感じだが、不安を口にすれば周囲に伝播する。ルシファーは鷹揚に構えて、リリスの腕を自らの腕に絡めた。
「部屋に戻ろう、ヤンが待ちくたびれてるぞ」
おやつが運ばれる時間だと示せば、リリスが微笑んで頷く。出ていく魔王と魔王妃の後ろ姿を見送り、アデーレは手早く資料を纏めて空中に放り投げた。収納魔法で回収し、まだ唸っている義娘とその婚約者に声をかける。
「今夜はあの人が一緒に食事をしたいと言ってたわ。時間を作ってね」
侍女長ではなく、ルーサルカの母親の顔で約束を取り付けた。
ルシファーが自室の扉を開くと同じ頃、外で雷が落ちる。魔力が含まれない自然の落雷は、中庭に立つ巨木に命中したらしい。ぼっと燃え上がる炎は、すぐに雨により鎮火した。片付けを後回しにして屋根の下に退避したエルフは、不安そうに空を見上げた。
「降り過ぎよね?」
「数十年単位で、こんなことが繰り返されるのよ」
年長のエルフにそう言われ、ならば大丈夫かと頷く。漠然とした不安が魔族の間に広がっていた。再び雷が空を走り、その光でドラゴンの姿に気づく。中庭へ舞い降りたドラゴンは、するりと人化した。
「神龍地区の山が崩れました! 大公様にお取り次ぎを」
出迎えの侍従が慌てて戻ろうとするが、その前にベールが現れた。ルキフェルを伴っている。別件で魔王ルシファーへ会いに行く彼らは、ドラゴンを連れて執務室へ向かった。侍従に呼ばれたルシファーも部屋を飛び出す。
「リリス、ヤンと待っていてくれ」
返事も聞かずに出て行ったルシファーが閉めた扉を、リリスがそっと開く。誰もいないのを確認して、そろりと部屋を抜け出した。
「姫!」
「ヤンは護衛でしょ、一緒に来て」
断れば置いていくからね。逆らうわけにいかず、ヤンは巨体を縮めると、大人しく彼女の後を追った。
「ルカ、シトリーは不合格。あとは問題ありませんわ」
思わぬ結果に、ルーサルカが唸る。隣でアベルがぽんと背を叩いた。ちなみに彼は名を呼ばれなかったので合格である。
「明日からの補習付き合うよ」
「頑張るわ、お願い」
崩れるように机に付したルーサルカの後ろで、シトリーが「あはぁ」と奇妙な声を上げた。
「どうしたの?」
「合格してたら、明日から休暇だったの」
ここしばらくトラブル続きで、休暇返上が多かった。そのため纏まった休みを取れるように、アスタロト達が日程を調整していたのだ。今回補習になったので、レライエと休暇の予定を入れ替えることになる。実家に帰って兄に甘えたかったとぼやくシトリーの銀髪を撫でて、リリスがにっこりと笑った。
「仕方ないわ。早く終わらせて休めるといいわね」
「はい」
婚約者にも連絡し、予定の変更を知らせなくては。慌てて退室する彼女を見送り、レライエが立ち上がった。明日から休みなので、実家に顔を出すらしい。翡翠竜アムドゥスキアスと一緒なので、護衛の手配は不要だった。身軽に動ける立場の彼女も、休暇の準備に向かう。
「ライと婚前旅行……」
うっとりとした声で呟きを残し、翡翠竜はバッグに押し込められた。失礼しますと挨拶を残して出ていくレライエの足音が聞こえなくなる頃、リリスは窓の外の景色に目をやった。今朝から雨が降り出し、いまだに止む気配がない。強く降る雨は、庭に不規則な水溜りを作り始めていた。
「降るわね」
「この程度の雨なら問題ない」
これが数日続くと厄介だが、まだ今朝からの雨量なら問題ない。安心させようと思ったのか、ルシファーは軽い口調で受けた。窓を叩く雨音が強くなった気がして、部屋に残った人々が視線を向ける。
魔の森の木々が揺れる音が聞こえ、強い雨風が上書きするように響いた。嫌な感じだが、不安を口にすれば周囲に伝播する。ルシファーは鷹揚に構えて、リリスの腕を自らの腕に絡めた。
「部屋に戻ろう、ヤンが待ちくたびれてるぞ」
おやつが運ばれる時間だと示せば、リリスが微笑んで頷く。出ていく魔王と魔王妃の後ろ姿を見送り、アデーレは手早く資料を纏めて空中に放り投げた。収納魔法で回収し、まだ唸っている義娘とその婚約者に声をかける。
「今夜はあの人が一緒に食事をしたいと言ってたわ。時間を作ってね」
侍女長ではなく、ルーサルカの母親の顔で約束を取り付けた。
ルシファーが自室の扉を開くと同じ頃、外で雷が落ちる。魔力が含まれない自然の落雷は、中庭に立つ巨木に命中したらしい。ぼっと燃え上がる炎は、すぐに雨により鎮火した。片付けを後回しにして屋根の下に退避したエルフは、不安そうに空を見上げた。
「降り過ぎよね?」
「数十年単位で、こんなことが繰り返されるのよ」
年長のエルフにそう言われ、ならば大丈夫かと頷く。漠然とした不安が魔族の間に広がっていた。再び雷が空を走り、その光でドラゴンの姿に気づく。中庭へ舞い降りたドラゴンは、するりと人化した。
「神龍地区の山が崩れました! 大公様にお取り次ぎを」
出迎えの侍従が慌てて戻ろうとするが、その前にベールが現れた。ルキフェルを伴っている。別件で魔王ルシファーへ会いに行く彼らは、ドラゴンを連れて執務室へ向かった。侍従に呼ばれたルシファーも部屋を飛び出す。
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「姫!」
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