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86章 溢れ出たあれこれの後始末

1191. 認めてほしい成長の証

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 すやすやと眠るリリスの黒髪を撫でながら、オレは曖昧な笑みを浮かべる。それが癇に障ったのか、ルキフェルがムッとした口調で話し始めた。聞き出す必要はない。だって話したいんだから。幼子のルキフェルを拾ってから、ずっと一緒にいたのだから性格は把握していた。

「僕が作った新しい魔法陣の実験に、危険だってベールが付き添うんだ。もう子供じゃないし、僕はこんなに成長してるじゃん。記憶のない間に何があったのか知らないけど、大人になってまで幼子と同じ扱いされるのは違うでしょ。僕だって大公の一人なんだからね。実力はあるんだよ」

 早口で捲し立てたルキフェルは、大きく溜め息を吐いて頭を抱える。彼自身も気づいているのだ。心配されると嬉しい反面、独立した大人として扱って欲しい欲求が高まっていることを。ルキフェルが子供姿だからベールが過保護なのではなく、心から大切に思う感情に従っているだけ。そんな風に撥ね退けられても、ベールは譲らないだろう。

「大公としての実力は申し分ないし、実績も上げている。それは魔王であるオレが保証しよう」

 ルシファーは否定せずにルキフェルの言い分を受け入れた。ほっとした顔のルキフェルは、立ち上がった絨毯に再び腰を下ろす。指先で絨毯の毛を毟りながら、視線をさ迷わせた。まだ言い足りないことがあるのだ。ここで催促すると機嫌を損ねるので、黙って待った。

「……心配されると子ども扱いされてる気がする」

「そうか」

 心配されないと拗ねるくせに。心の中で呟きながら、ルシファーは口にしない。否定も肯定もされないから、ルキフェルは自爆する形で言葉を重ねた。

「もちろん、ベールが心配してくれるのは嬉しいけど……僕だってちゃんと出来る。手足も長くなったし、身長も高くなった。研究器具にも手が届くんだからね」

 研究器具を取るところから手出ししようとしたのか。ずいぶんと過保護が過ぎるな。これはルキフェルが不貞腐れるのも当然だ。大公として立派に成長した彼を甘やかす存在は少ないから、ルキフェルも嫌じゃないが複雑な気分なのだろう。

「オレが注意した方がいいか?」

「ん? ううん、平気」

 吐き出したことで気持ちが落ち着いたらしい。ぶちっと大きな音をさせて毛を毟ったあと、両手で水色の髪をかき乱した。差していた簪が落ちて、それを指先で拾い懐にしまう。あれはベールとお揃いの簪だったか。

「色違いの簪をベールも持っているぞ」

 事実だけを教える。数十年の記憶が抜けている自覚はあるから、その間に何があったか。自分で確かめるはずだ。それが彼らの仲直りの切っ掛けになる会話だろう。話題を提供してやれば、反省しているルキフェルは素直に謝れるはずだ。ここへ飛んで来ないということは、相当凹む暴言を投げつけたんだろう。ルシファーの予想通りなら、今頃アスタロトがベールに発破を掛けている頃だ。

「同じデザインなの?」

「ああ、即位記念祭で見たが間違いない」

「……僕、ちょっと用事が出来た」

「わかった。さっきの巡回の話はオレから通しておく」

 曖昧に頷いたルキフェルはテントから出るなり、すぐに転移した。一瞬で気配が消え、テントを片付ける魔王軍だけが残る。大公が全員消えてしまったが、あの追跡用魔法陣でベルゼビュートも捕獲されたようだ。

 後ろのヤンに寄り掛かると、なぜか小刻みに震えていた。

「何かあったか?」

「さきほどの……ルキフェル大公閣下のあの、それが」

 ヤンの視線を辿ると、絨毯の毛皮を毟った跡がそのまま残っていた。なるほど、同じ毛皮を持つ魔獣のヤンは恐怖を覚えたのか。よしよしと頭を撫でてやり、ヤンごと結界で包んだ。微熱もあるし、少し休むか。テントの屋根で踊る木漏れ日の光に口元を緩め、ルシファーは目を閉じた。腕の中で微睡むリリス、後ろには慣れたヤンの気配……ざわざわと揺れる枝の葉の音に誘われて、そのまま意識を手放した。
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