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86章 溢れ出たあれこれの後始末

1190. フェンリルも食わぬ喧嘩か

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 出てきたリリスを受け止めて、いつものように絹のシーツで包む。微笑んだ彼女から魔力を受け取るために羽を広げ、膝の上に座らせた。着替えてからでも問題はないが、肌が触れる面積が大きいと早く移譲できるらしい。

 ローブをはだけたルシファーの白い肌に、リリスがぺたりと背中を預けた。当初抱き合ったのだが、魔王の魔王が暴走しそうになり、側近により禁止されている。背を預けて座るリリスの口に、せっせと果物を運ぶのは疲れた彼女を労わる意味もある。だが同時に、自分が暴走しないよう気を逸らす役目も含んでいた。

「ルシファー、これで全部なの。魔の森は領地を広げたから……もう溢れてこないと思うわ」

 イチゴをもぐもぐ噛む間だけ言葉が途切れる。リリスの言う広がった緑地は、すでに報告があった。海の際まで進んだ根っこは、海水に触れて引き返したという。森は海を取り込む気はなさそうだった。

「安心した、オレで足りてよかった」

 器のサイズの問題で、受け止めきれなければ大公から順番に試す予定だったが……ルシファー1人で吸収できたなら、被害は最小限で済む。大量に受け止めた魔力のせいで体調を崩しながらも、ルシファーは穏やかに微笑んだ。やや微熱がある体を、ヤンが後ろから支える。ソファ代わりもすっかり慣れたフェンリルは、低く唸った。

「ん? 誰か来たか」

 魔力酔い状態になると、感知が甘くなる。森の木々や魔物の魔力まで感知するほど敏感になるため、使えなくなるのだ。ルシファーは意図して感知を切っていた。酔いでふらつく頭に大量の魔力感知情報が流れ込むと、頭痛を引き起こす。その分だけ結界の枚数を増やした。

 来客や敵の感知は、ヤンが野生の鼻と勘をフル活用して協力する。そのヤンが唸るのは、感知器がベルを鳴らしたのと同じだった。撫でながら待つルシファーの膝で、リリスが欠伸をひとつ。きちんと手で口元を押さえたが「あふっ」と声が漏れる。

「寝てていいぞ」

「やだぁ……せっかく、戻って……たのよ」

 もっと起きていたい。一緒にくっついていたい。リリスの甘い願いに、ルシファーが頬を緩めた。

「あのさ、入っていいの?」

 ルキフェルだった。テントの端から顔を覗かせ、両目を指で覆っている。そのくせ隙間から覗き見する余裕があった。

「構わない」

 いつものことなので平然と許可する魔王。膝の上のリリスは横向きに座り直し、頭を預けてうとうとと微睡んでいた。慣れた様子でヤンに寄り掛かり、リリスの黒髪に口付ける。見られていてもブレない魔王の溺愛に、ルキフェルの方が恥ずかしくなった。

「じゃあ邪魔するね」

 するりと入ってきたルキフェルは、リリスの手首を掴んで脈を確かめ、顔色を見つめて体調を確認する。問題なさそうと判断し、ほっとした顔で絨毯に座った。

「もう終わりそう?」

「ああ、魔の森の魔力は一段落したそうだ。これ以上溢れないと言っていた」

 リリスの予測を伝えたルシファーの視線はリリスから離れない。なんとなく目を逸らしながら、ルキフェルは報告書を差し出した。

「森に新しい種族が生まれる可能性が高いでしょ。だから魔王軍の巡回を増やしてほしい。それと見つけたらすぐに僕に知らせて」

「ベールに直接頼んだらどうだ?」

 いつもはそうしていただろう? 不思議そうに首を傾げるルシファーへ、ルキフェルが唇を尖らせた。

「幻獣霊王に僕が? やだ」

 ベールを幻獣霊王と呼称した。この現象は覚えがある。数千年前にも一度やらかしていたな。

「わかった。オレが命じておく」

 深く聞かずに流した。親子喧嘩をしたのだ。おそらく一方的にルキフェルが拗ねて、ベールの忠告や注意を跳ね除けたか。以前は偏食を直そうとして喧嘩になったが、今回は何で揉めたのやら。苦笑いするルシファーへ、ルキフェルは八つ当たり気味に言い放った。

「言っとくけど、僕が悪いんじゃないからね!」
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