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86章 溢れ出たあれこれの後始末

1188. 魔の森大フィーバー

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 つい先日までは魔力が足りず、森から強制徴収された魔族は、真逆の症状に困惑した。人族とモレクの魔力を回収した魔の森が、その魔力を溢れさせたのだ。人族がいかに森の魔力を無駄に摂取していたか、ようやく明らかになった形だった。

 神龍族の長であったモレクの魔力量も膨大だが、数千年を辿れば魔の森から生まれ出でた存在だ。回収するにあたって問題はなかった。人族が溜め込んで返却しなかった魔力が一度に戻ったこと、そのタイミングでモレクの死が追い討ちをかけたのだ。

 飽和した魔力は濃度をあげ、枯渇していた大地を潤した。少し前まで魔力不足で魔物が持つ微々たる魔力も吸収していた森は、根を張った二つの大陸を魔力で満たす。地脈が活性化し、それでも使いきれなかった魔力は新しい魔族を生み出した。先日拾った3人の赤子は、その一種だろう。

「……魔の森大フィーバーね」

「もう少し表現を考えろ」

 ルキフェルの報告書を読むルシファーを、後ろから覗き込むベルゼビュートが肩を竦める。今はリリスが魔の森から魔力を吸い出しているところだった。木の中に滞在しなくても吸収できるか試したが、難しいという。そのため一度森の中に戻り、魔力を持ち帰ってルシファーに流す方針が固まった。

 初回は3日掛かったが、今回は1日あれば戻れると笑って出かけた。後を追うのはアスタロト達に却下されたため、不満顔で報告書を読み耽る魔王は手元の書類の処理も始める。何かしていないと不安で苦しいのだ。もしリリスが戻れなくなったら? 魔力の吸収に失敗して苦しんでいたら……。

「そんなに心配しなくても、リリスちゃんは平気よ」

「姫と呼べ」

 ぶっきらぼうにベルゼビュートを叱りながら、それでもルシファーの表情が少し明るくなる。外は夕暮れが近づき、テントを赤い木漏れ日が飾り始めた。のそりと立ち上がったヤンが、そわそわしながら木を見つめる。

 リリスが入った木を取り込む形で張られたテントは、彼女が裸で出てきた時の対策であるとともに、心配性の魔王を大人しくさせる手段でもあった。魔王城で待機を命じたら、空間を歪めて接続するくらいの荒業をしかねない。

「どうした? ……リリスか」

 彼女が出てくるのか! 魔獣は勘が鋭いため、何かを感じ取ったらしい。木の根元に座り、ちらちらとルシファーを見た。鼻をひくつかせた直後、魔王を呼ぶ。

「我が君、姫がっ!」

「わかった」

 大急ぎで取り出した絹のシーツを広げ、ヤンは蹲って目元を手で覆った。見ていないよポーズのフェンリルの背中に、ふわりと少女が降り立つ。ぐっと背中に体重がかかって、ヤンの尻尾が嬉しそうに揺られた。帰ってきた、その重みを感じながらヤンが鼻を鳴らす。

「ただいま、ルシファー」

「おかえり。甘い物を用意したからおいで」

 シーツで包んだリリスを抱き上げたルシファーは、柔らかな絨毯に直接座る。毛皮がふんだんに使われた床には、大量のクッションが用意されていた。いくつか引き寄せて、リリスの周囲に並べる。落ち着いたところで、ヤンを呼び寄せた。

「お帰りなさいませ、姫」

 頷いて挨拶を交わしたリリスへ、甘い果物をいくつか差し出す。選ぶように指を彷徨わせた後、イチゴをひとつ口に入れた。甘い葡萄や水分の多い瓜で喉を潤し、ほっと一息つく。

「まだたくさん余ってたわ。ルシファーに入らなければ、アシュタ達に渡そうかしら」

「様子を見て、だな。足りるといいが」

 魔王が魔力酔いになるほど濃厚な魔力を、大公達に背負わせるのは荷が重いのではないか。心配するルシファーに、ベルゼビュートが笑った。

「いいじゃない。預かるわよ」

「ベルゼ姉さん、使っちゃダメな魔力なの。溜めたままにできる?」

 使用したら魔の森に戻ってしまう。濃縮された魔力を、しばらく体内で保管して使用できない。思わぬ条件がつき、ベルゼビュートの顔が青くなった。

「それは無理ね」

 あっさり前言撤回する潔い聖霊女王に、ルシファーとリリスは顔を見合わせた。
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